第六十話


「────?」
 窓辺の椅子に腰掛けて本を読んでいたロイは、どこからか聞こえてきたメロディに目を上げる。どこか調子っぱずれのその曲は、ロイの郷愁を煽り懐かしい気持ちを起こさせた。
「ハボック、か?」
 どうやら歌っているのはハボックらしい。だが、微妙に調子の外れたメロディは一体なんの曲か、思い出せそうで思い出せない苛立たしさをロイに与えた。
「どこで歌ってるんだ?」
 ロイは本をテーブルに置くと開いた窓から乗り出すようにして外を見る。夕暮れの迫る庭を見下ろしてハボックの姿を探したが、ここからではその姿を見つけることが出来なかった。
「まったく」
 仕方なしにロイは部屋を出て階下に降りる。庭へ続く扉を開けて外に出るとハボックの姿を探して辺りを見回した。
「ハボック?」
 呼びかけても聞こえてくるのは調子っぱずれの歌声だけで返事はない。ロイは歌声の出所(でどころ)を探して植木鉢の後ろを覗き庭木の葉の間を探ったが、急速に暮れていく庭の中小さな毛糸玉は見つからなかった。
「気になる……一体何の曲なんだ?」
 絶対に知っている曲だ。ここまで出ているのに思い出せない。ハボックに聞けば判るだろうが、聞こえるメロディは風に吹かれてどこから聞こえているのか判らなかった。
「うーん……」
 ロイは扉の前の段差に腰掛けて腕を組む。何とか思い出そうとして目を瞑ったロイは、メロディが風と一緒にさやさやと木々の葉を揺らしていることに気づいた。
「────まあいいか」
 目を瞑ってさやさやと葉を揺らすメロディを聞いていれば、それが何の曲なのかなんてことはどうでもよくなってくる。地面についた手に体を預けてロイが風とメロディを感じていると、ポンと軽い音を立ててロイの頭に小さな毛糸玉が降ってきた。
「ハボック」
 柔らかい毛を震わせてメロディを奏でていた毛糸玉が、ポンと跳ねて子供の姿になる。段差に腰掛けたロイの脚の間に座ったハボックは空に向かって手を伸ばした。
「ろーい!」
 その小さな手の先に見えるのはキラキラと煌めく天の川。
「あ────七夕」
 ハボックが歌っていたのは子供の頃聞いた七夕の歌だ。星の川に向かって手を伸ばしたハボックの歌に、ロイは今日が七夕だと言うことを思い出した。
「そうか、今日は七夕だったな」
「ろいっ」
 そう言えばハボックがロイを見てにっこりと笑う。
「……そうか、願い事をしそびれてしまったな」
 去年の今頃は一緒に短冊に願い事を書いた。二人そろって書いた願い事を星が聞き入れて、こうして一緒に過ごすことが出来たというのに。
「しまったな」
 ふと、不安になって呟くロイの手をハボックがキュッと握る。そうしてハボックは握ったロイの手ごと空を指さした。
「ろーいっ!」
 ニコニコと笑うハボックを目を見開いて見つめたロイは、フッと笑みを浮かべた。
「そうか、星に願えばいいんだな」
 短冊に言葉を認めなくとも星を見上げて願えばいい。
「ろぉい」
 答えて空を見上げるハボックの視線を追ってロイも空を見上げる。そうしてロイは調子っぱずれのハボックの歌を聞きながら、煌めく星に願いをかけたのだった。


2015/07/07


→ ひゅとはぼの日