第五十八話


「ハボック」
 家の中にない小さな姿を探してロイは庭に出る。するとチューリップの鉢植えの側にしゃがみ込むハボックを見つけて、ロイは目を細めた。
「やっぱりここか」
 先日一緒に公園に出かけた時、ハボックは色とりどりに咲き乱れる花の中でも特にチューリップが気に入ったらしく、他の花を見に行ってはチューリップのところへ戻っていた。そんなに気に入ったのならとロイは帰りにチューリップの鉢植えを買ってやった。それ以来ハボックは暇さえあればチューリップを眺めて過ごしているのだ。
「本当にチューリップが好きだな、お前は」
「ろいっ」
 言いながら子供の金髪をかき混ぜればハボックがチラリとロイを見る。だが、すぐその瞳はチューリップへと戻って、ハボックは黄色いチューリップの花をじっと見つめた。
「一体なにをそんなに見てるんだ?」
 公園でもそうだったがハボックは飽きもせずにカップのような花の中を覗いている。なにが見えるのかと尋ねてみても、いつもならなにかしら答えてくれるハボックはなにも言わずに一心に花を覗いているのだった。
「なあ、ハボック」
 あまりに熱心に見つめているのを見ればやはりロイとしても気になる。ハボックが喋る言葉は「ろい」の二文字だけだったが、説明してくれれば理解できる自信がロイにはあった。だが。
「ハボック?」
 漸く花から顔を上げて立ち上がったハボックは呼びかけるロイを振り向いたもののニコッと笑っただけでなにも言わずにタタタと駆けて行ってしまう。その背を見送ったロイは不満げに口を尖らせた。
「意外と意地が悪いぞ」
 ロイはそう呟いて花を覗いてみる。だが黄色い花弁の中には雄しべと雌しべがあるだけで特に変わったものは見つけられなかった。ロイはチューリップの中に何かを見つけるのを諦めて家に戻る。コーヒーを淹れリビングのソファーに腰を下ろし本を読もうと手に取った。一ページ、二ページとページを繰ったもののちっとも頭に入ってこず、ロイはため息をついて本を置いた。
「やっぱり気になる」
 チューリップの中にはなにが隠れているのだろう。物の怪のハボックには見えて人間の自分には見えないものなのだろうか。そんなことを考えながらロイは庭へと続く扉を開けて外に出る。陽射しの中で揺れているチューリップをヒョイと覗き込んだロイは黒い塊が花のカップにみっちりと詰まっているのを見て「ワッ」と驚きの声を上げた。
「────ハボック?」
 よく見ればそれは黒い毛糸玉でロイはまじまじと見つめる。風にそよそよと揺れる毛をロイはそっとつついてみた。
「寝てるのか?」
 どうやらハボックはチューリップのカップの中で眠っているらしい。毛糸玉をじっと見つめていたロイはクスリと笑って黒い毛を撫でた。
「気持ちよさそうだな」
 ほんのちょっぴり羨ましそうに言ってロイはチューリップの植木鉢をそっと持ち上げる。ハボックを起こしてしまわないよう静かに部屋に運び込み窓辺に鉢を置いた。そうして椅子を側に引き寄せると、チューリップのカップで眠る毛糸玉を時折覗きながら本を読んだのだった。


2015/04/28


→ ろいの日