第五十六話


「ろーいっ、ろーい!」
「んー……なんだ、ハボック……?」
 眠っていたロイはブランケット越しパンパンと叩く小さな手に起こされてウーンと唸る。モゴモゴと答えながらブランケットに潜り込めば一層激しく叩かれて、ロイは渋々と起き上がった。
「なんだ、ハボック。夕べは遅かったんだ、もう少し寝かせてくれ」
「ろーいっ」
 ふぁぁと欠伸混じりに言うロイのシャツを握ってハボックが引っ張る。しつこく呼ばれて根負けしたロイは、ベッドから降りるとハボックにせがまれるまま鎧戸を開けた。
「すごい積もったな」
 夕べ降り出した雪が一晩中降り積もって辺りは一面の銀世界になっている。陽の光を受けて煌めく庭を見て、ハボックがキラキラと目を輝かせた。
「ろーいっ」
 外に行こうと袖を引くハボックに、ロイは眉をしかめた。
「勘弁してくれ」
 元々寒いのは苦手だ。とてもじゃないが雪が積もる庭に出る気にはなれなくて、ロイは窓を閉めるとベッドに上がった。
「ろーい〜っ」
「こんな寒い中外に出たら風邪ひくぞ。窓から見るので我慢しなさい」
 ロイはそう言うと再びブランケットに潜り込んでしまう。
「ろいッ!」
 そうすればハボックはむくれたような声を上げて寝室を出て行ってしまった。
シンと静まり返った部屋の中、コチコチと時計の音だけが響いている。暖かいブランケットの中ぬくぬくとその温もりを貪っていたロイは、窓が風でガタガタと揺れる音に眠りを遮られた。
「んー……ハボック?」
 ロイはもぞもぞとブランケットから目を覗かせてハボックを呼ぶ。少し待って、それからもう一回呼んだ。
「ハボック?」
 そしてもう一度同じように待ったものの、返事が返ってこない事に、ロイはゆっくりと起き上がった。
「いないのか?」
 ベッドから降りハボックが普段寝ているクッションの山の中を覗く。静かだからてっきりふて寝してるのかと思っていたが、姿が見えない事にロイは階下に下りた。リビングにもダイニングにもいないのを確認して、ロイは眉をしかめた。
「まさか庭に出たのか?」
 雪が積もる寒い庭に出たのだろうか。ロイは急いで着替えて庭に出た。
「ううっ、寒い!」
 ロイは首を竦めて顔をしかめる。辺りを見回しながら雪の上に残る小さな足跡を辿ったロイだったが、不意にその足跡が途切れているのに気づいて目を瞠った。
「どこに行ったんだ?」
 雪の上には微かな模様のような痕があるだけで、足跡はない。
「ハボック?!」
 キョロキョロと見回しながらロイはザクザクと雪を乱してハボックの姿を探す。返事がないだろうかと耳を澄ませたロイは、大振りな枝の下に雪がこんもり積もっていることに気づいた。
「まさか」
 ロイは慌てて雪の山に近づくと、両手で雪の山を掻き分ける。すると雪の中に黒い毛糸玉が見えて、ロイは急いで雪塗れのそれを掘り出した。
「ハボック!おい、しっかりしろ!」
 普段は柔らかい毛がカチカチに凍っている。ロイは家の中に飛び込むと風呂場に駆け込んだ。熱いシャワーを出し凍りついた毛糸玉にかける。暫くかければ凍っていた毛が溶けてしんなりと垂れ下がり、毛糸玉がむくむくと動いた。
「ハボック!」
 ロイの呼びかけに毛糸玉が淡い光を放って見慣れた子供の姿になった。
「ろーい〜……」
「ハボック、よかった!」
 くたんと腕に凭れてくるハボックの体にロイはもう少しシャワーをかけてやる。温まったところで浴室を出ると濡れた服を着替えさせ、髪を乾かしてやった。
「まったくもう、びっくりさせるな」
「ろーい……」
 ハァとため息をついて言えばハボックがすまなそうに上目遣いでロイを見る。淡く光った体が毛糸玉になるとコロコロと転がって見せた。
「雪の上を転がって遊んでたら枝の雪が落ちてきたのか」
 雪の上の足跡が途切れていたのはそこから毛糸玉に姿を変えたせいで殆ど跡が残らなかったからだった。
「雪が積もっている間は一人で遊びに出たら駄目だぞ。いいな、ハボック」
 言い聞かせるように言うロイをハボックがじっと見つめる。ソファーに座って本を手に取ったロイだったが、瞬きもせずジーッと見つめられて数分もたたない内にため息をついて本を閉じた。
「判った、解ったからそんなに見るな」
 そう言って立ち上がるロイを見てハボックがパッと顔を輝かせる。
「ろーいっ」
「少しで勘弁してくれよ?」
 ニコニコと笑うハボックに手を引かれて庭に出たロイは寒さに情けなく眉を下げたが、冷たい空気を吸い込むと言った。
「よし、雪だるまを作るぞ!私は胴体を作るからお前は頭を作ってくれ」
「ろいっ」
 ロイの言葉にハボックがスチャッと敬礼する。二人は小さな雪玉を庭中転がして育てると、大きな雪だるまを作ったのだった。


2015/01/24


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