| 第五十七話 |
| 「ろーいっ」 図書館に行く支度をすませて玄関に行けばパタパタと足音が聞こえてハボックが飛びついてくる。手を取って行こうと促すハボックにロイは言った。 「今日はこれから図書館で調べものをするんだ。連れていけないよ」 「ろーいーっ」 ロイの言葉にハボックが不満そうな声を上げてロイの腕を引っ張る。だがロイはハボックの金髪を撫でて言った。 「だめだ、ハボック。今日は連れていけない。いい子に留守番しててくれ」 物の怪であるハボックがかつて古い屋敷を依代としていた頃は屋敷の外へ出かけることはできなかった。だが、ある事件を切欠に依代を小さな天使の飾りに変えた事で外に出られるようになり、ロイはハボックがお気に入りの尻尾を出さないことを条件に時々外へ連れて行くようになってはいたのだが。 (連れていってはやりたいが、行くのが図書館だからな) 図書館で本に向かえば忽ち没頭してしまうのは判りきっている。外に連れ出すようになったとは言え、本音を言えばロイはハボックから目を離すのは堪らなく不安で、そうであれば図書館に一緒に連れていくのは考えられなかった。 「今度また一緒に出かけよう。だからハボック、今日はいい子に待っててくれ」 ロイが言えば、ハボックが思い切り頬を膨らませる。 「ハボック」 少しきつめに名を呼ぶロイをハボックは空色の瞳に涙を滲ませて睨むと「ろいっ」と、ロイのことを小さな手でドンと一突きするとパタパタと廊下を駆けて行ってしまった。 「ハボック」 ちょっとばかり可哀想なことをしたとは思うが仕方ない。ロイはひとつため息を零すと、奥に向かって「行ってくるよ」と声をかけ外へ出た。 通りを図書館に向かってロイは歩いていく。そうすれば春の陽射しの中、そこここに春の花が今を盛りとばかりに咲き乱れ美しさを競いあうのを目にして、ロイはキュッと唇を引き結んだ。 「─────」 ロイはなるべくわき見せず、真っ直ぐ前を見て足早に図書館への道を急ぐ。漸く見えてきた図書館の入口にホッと息を吐くと小走りに駆け寄り中へと入った。 「ふぅ」 平日のそれも朝も早い図書館は殆ど利用者がいない。ロイは顔馴染みの司書の女性に軽く頭を下げて挨拶するとひんやりとした空気の中、早速目当ての本を選んで窓際の机に積み上げ腰を下ろす。本をめくり文字を目で追い始めれば、あっと言う間に調べものに没頭した。 時折ロイがページをめくる音以外物音のしない図書館の中、どれだけ時間が過ぎたのだろう。不意にガタンと大きく椅子を引く音がしてロイはハッとして顔を上げる。そうすればすまなそうに会釈する女性に笑みを返したロイは、視線を本に戻そうとして正面の窓から見える景色に目を吸い寄せられた。 「桜……」 図書館の中庭に桜が満開に咲いている。大振りな枝に薄桃色の花を零れんばかりにつけた桜をじっと見つめていたロイは、ゆっくりと立ち上がり中庭に続く扉から外へと出た。中庭にはベンチが幾つか置いてある。ロイは桜のすぐ側のベンチに腰掛けると見事な桜を見上げた。 「すごいな」 無意識に簡単の言葉がため息とともに零れる。見事な桜を見ていれば、ロイの心に押し込めていた後悔の気持ちが沸き上がってきた。 「やっぱり連れてきてやればよかった」 図書館への道すがら、咲き乱れる花々はそれはそれは綺麗で、目にした瞬間ハボックを連れてきてやればよかったと思ったのだ。綺麗なものが大好きなハボックはきっと大喜びしたに違いない。 「……」 ロイは満開の桜を見上げてため息をつく。涙ぐんで見上げてくるハボックの顔を思い出して、ロイが戻ろうか、だがきつく言って家を出た手前今更と思った時。 「うわッ?!」 突然ポケットがモコモコッと動き出してロイはギョッとして声を上げる。するとポケットからピョーンと飛び出した黒い毛糸玉がパアッと目映い光を放った。 「ろいっ」 スタッと両手を広げて着地したハボックの姿にロイは目を丸くする。慌ててポケットの中を見ると金色に光る小さな天使の飾りが入っているのが見えて、ロイはそれを摘みだして言った。 「いつの間に……」 「ろい」 驚くロイにハボックが振り向いてにっこりと笑う。ロイが座るベンチによじ登ると並んで腰掛け桜を見上げた。 「ろーい」 ハボックは笑って咲き誇る桜を指さす。にこにこと笑うハボックを見ているうち、ロイの顔にも笑みが浮かんだ。 「そうだな、こんな気持ちのいい日に図書館にこもって調べものなんかするべきじゃないな」 ロイは言ってハボックの金髪をかき混ぜる。 「よし、今日はこれから公園に行ってお花見しよう。屋台でホットドッグとカフェオレとおいしい水を買って、きっと気持ちいいぞ」 「ろーいっ」 言えばハボックが嬉しそうに笑って抱きついてくるのをロイはギュッと抱き締めた。そうして暫く桜を眺めた後、ハボックも手伝って本を戻して、二人は手を繋いで公園に出かけていった。 2015/04/14 |
| → 第五十八話 |