第五十五話


「おい、ハボック?」
 ロイは大きな声でハボックを呼びながら寝室の扉を開け部屋の中を見回す。今朝起きた時にはいた筈の小さな姿が見えず、ロイはベッドに近づくとその下を覗き込んだ。
「いない……下にいるのか?」
 リビングにはいないと思ったから上がってきたのだが、どうやら勘違いだったらしい。ロイは階段を降りてリビングに戻った。
「ハボック、いるのか?」
 ロイは言いながらリビングを見回す。カーテンの陰を覗きローテーブルの下も見たがやはりハボックの姿はなかった。キッチンにもダイニングにも洗面所にもトイレにも見あたらず、ロイは最後に残った庭に出る。吹き抜ける冷たい風に身を縮こまらせながら、ロイはハボックの姿を探した。
「ハボック、どこだ?」
 まさか外には出ていないだろうと思うものの、俄かに不安になりながらロイはハボックの姿を探す。こんなに探しても見つからないのはもしかして誰かに連れ去られてしまったのかもと、慌てて門に向かおうとしたロイは、植木の根元の落ち葉に混じってちょこんと鎮座する黒い毛糸玉を見つけた。
「ハボック!こんな所にいたのか」
 ホッと息を漏らしてロイは言う。漸く見つけたハボックにロイは言った。
「珍しいな、そんな格好でいるなんて」
 偶には元々の毛糸玉の姿になることはあるが、ロイの前では小さな子供の姿でいるのが殆どのハボックだ。珍しく毛糸玉になったハボックをロイが手を伸ばして拾い上げた時、カサリと音がして植え込みの間から毛糸玉が姿を現した。
「えっ?」
 てっきりこれがハボックだと思ったがただの毛糸玉だったのかとロイは手の上の毛糸玉と現れた毛糸玉を見比べる。毛糸玉を持ったまま出てきた毛糸玉に手を伸ばした時、カサリと落ち葉を揺らしてもう一匹毛糸玉が現れた。
「ええッ?」
 ギョッとして手を引っ込めたロイの視線の先、更にもう一匹毛糸玉が現れる。それに続いてもう一匹、更に一匹と出てきて毛糸玉は全部で十匹になった。
「仲間がいたのか?……って、どれがハボックなんだっ?」
 正直どれがハボックなのかさっぱり判らない。ムム……と唸ったロイは浮かんだ考えにパチンと指を鳴らした。
「そうか、呼べばいいんだ」
 そっくりではあるが“ハボック”は一匹の筈だ。我ながらいい考えだとロイはにっこりと笑った。
「ハボック!」
 これで返事をしたのがハボックだと答えが返るのを待っていれば。
 ポーンと毛糸玉達が一斉に跳ねる。パァッと輝きを放ったと思うと、くるんと回って子供の姿になった。
「「「ろーいっ」」」
「うわあッ!」
 十人のハボックが一斉に返事をする。寸分違わぬ空色の瞳に、ロイは目を見開いた。
「な……っ?全部ハボックだとッ?」
 多少の事では動じない自信があるロイもこの事態には流石に狼狽えてしまう。どれが自分の知っているハボックかと一人一人顔を見比べるロイにハボック達が飛びついてきた。
「ろーいっ」
「ろいッ」
「ろぉい!」
「ろーい〜ッ」
「待て待てッ!そんな一遍に来られてもッ」
 体は一つしかないのだ。幾らハボックが軽いと言っても十人ものハボックに一斉に飛びかかられてはたまったもんじゃない。ロイはわらわらと群がってくるハボックから後ずさりながら大声で叫んだ。
「ハボックは一人でいい!一体誰が本物なんだッ?」
「「「ろい」」」
 叫ぶロイにハボック達が声を合わせて答える。互いに顔を見合わせたハボック達が突然手を繋いで輪になったと思うと、繋いだ手を高く上げた。
「「「ろーいッ!!」」」
 声を合わせて叫んだハボック達の体が眩い光に包まれる。あまりの目映さに腕で顔を隠したロイは、ゆっくりと薄れていく光に掲げた腕を下ろした。
「ハボッ……ク?」
 いつもハボックと向かい合う時は下を向いているロイの視線が自身の頭よりもずっと高い所を向いている。十人いたはずのハボックは今一人になって、ロイの遥か頭上から見下ろしていた。
「嘘だろう……?」
 確かにハボックは一人でいいと言いはしたがまさか合体するなんて。それもどう見ても身長が三メートルはありそうだ。いつもはフワフワと可愛い尻尾もこの巨体に見合うものともなれば、一振りするたび巻き上がる風がロイの髪を大きく掻き乱した。
「ろぉい」
 大きなハボックに呼ばれてロイはギクリと身を震わせる。巨体に見合うだけの大声が空気をビリビリと震わせて、ロイは顔をひきつらせた。
「おいおい、冗談にしても質(たち)が悪すぎだろう」
 ハボックの事は大切で可愛いが、こんな巨大なハボックをどうしろと言うのだ。このままでは家にすら入れないではないか。何とか元のサイズに戻せないかとロイが腕組みして考えていると。
「え?」
 ふと射した影にロイは思考を遮られる。ハッとして顔を上げればハボックがすぐそこに立っていた。
「ろぉい」
「えっ?ちょ……ちょっと待て、ハボック!」
 ニコォとハボックが笑みを浮かべる。両手を伸ばしたハボックが抱きついてこようとしている事に気づいて、ロイは慌てて手を横に振った。
「ダメだッ、ハボック!その巨体で抱きつかれたら……ッ!」
 幾らロイでもこの巨大ハボックを受け止められるとは思えない。ロイは必死に腕を振ってハボックを押し留めようとした。だが。
「ろぉい〜〜ッ」
「待てッ、待つんだ、ハボック!今抱っこは無理……ッ、うわわ……わぁぁぁッ!!」
 抱きついてきた巨大ハボックに圧し掛かられて、ロイはハボック諸共ズゥンッと地面に倒れ込んだ。


「くっ、苦しいッ!!」
 ロイは顔に覆い被さる小さな体をベリッと引き剥がして身を起こす。ハアハアと息を弾ませて見回せば、そこは薄闇に沈んだ寝室のベッドの上だった。
「ゆ、夢かぁ……」
 ハアアと大きく息を吐き出して、ロイはバタリとベッドに倒れ込む。やれやれとため息をつけば、ゴソゴソと動く気配がしてハボックがロイの顔を覗き込んだ。
「ろーい?」
「ハボック……」
 ロイはベッドに横たわったままハボックを引き寄せる。いつも通り小さな姿にホッと息を吐いた。
「ははは……よかった……」
「ろい?」
 力なく笑って脱力するロイをハボックが不思議そうに見る。小首を傾げるハボックの金髪を撫でてロイは言った。
「やっぱりお前は小さい方がいいな」
「ろぉい?」
「――――なあ……、まさかお前が何匹もいるって事はないよな?」
「ろい?」
 不意に浮かんだ考えにロイはガバッと身を起こしてハボックに顔を寄せる。唐突な質問にハボックは訳が判らないとロイを見た。
「まさか本当に何匹もいて合体するなんて事はッ」
「ろいッ?」
「この辺りにもう一匹隠れたりしてないだろうなッ」
「ろい〜〜ッ」
 金色の尻尾を持ち上げたり金髪から覗く犬耳を調べたりしだすロイから、這々の体で逃げ出すハボックだった。


2014/11/19


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