第五十四話


「出来たぞーっ、どうだッ!」
 ハボックと二人こもっていた部屋から出てきたヒューズが得意げに声を張り上げる。タタタと走ってきたハボックがポスンとロイに抱きついて空色の瞳で見上げた。
「ろーいっ」
 ハボックは嬉しそうに自分の格好をロイに見せる。だが、ロイは眉を顰めて言った。
「なんだ、これは」
「なんだって見りゃ判るだろう?狼男だよ。似合ってるだろッ」
 満面の笑みを浮かべて片膝をついたヒューズがハボックの肩を抱いて言う。金色の髪の中からひょこっと生えた耳とフサフサの尻尾を見てロイは言った。
「これのどこが仮装だ?まんまじゃないか」
 手には肉球のついたフェイクファーの手袋、足にも同じようなファーのブーツを履いているとはいえ、耳と尻尾は自前だ。正直仮装と言うにはあまりに普段のハボックと変わらず、ロイは思い切り顔をしかめた。
「この格好で外を歩かせる気か?バレたらどうするんだ」
 ハボックをキメラと思い込んだ軍の連中が家に押しかけた事が切欠でロイとハボックが辛い別れをしなければならなくなったことは、忘れたくとも忘れられない悲しい記憶だ。あれ以来ロイはハボックの事が誰かにバレたりしないよう細心の注意を払い、ハボックにも耳や尻尾はしまっておくよう口を酸っぱくして言ってきたのだ。そんな日々の努力を蔑ろにするつもりかと目を吊り上げるロイにヒューズは言った。
「逆だよ、ロイ。こんなにあからさまに耳や尻尾を出してたら誰も本物だとは思わないだろう?興奮して飛び出たりなんて事になったらそれこそ目も当てられないし、ハボックちゃんにピッタリのいい仮装だと思うぜ?」
「それはまあ、確かに……」
 ヒューズが言うことはもっともだ。確かに外でうっかり尻尾や耳が飛び出る事を考えたら、最初から出しておくというのはいいかもしれない。何よりハボックが自慢の尻尾を抱えてキラキラした目で見つめてくるのをみれば、とても駄目とは言えなかった。
「判った、確かに何でも仮装で通るハロウィンだしな」
「だろ?」
 漸く同意の言葉を口にするロイにヒューズがニヤリと笑う。ロイはハボックの前にしゃがむと尻尾を抱き締めるハボックの手に己のそれを重ねて言った。
「いいか、ハボック。今日は特別だからな。今日が過ぎたら絶対外で尻尾や耳を出したら駄目だ。私と離れ離れにはなりたくないだろう?」
「ろいっ」
 そんなのは絶対嫌だとハボックが泣きそうな顔で首を振る。そんなハボックをそっと抱き締めてロイは言った。
「判ってるならそれでいい。それじゃあ可愛い狼男を街のみんなに見せに行こう」
「ろーいっ」
 そう言われてハボックがにっこりと笑う。立ち上がってハボックと手を繋ぐロイにヒューズが紙袋を差し出した。
「街は混んでるだろうからな。迷子にならないようにこれを使えよ」
 そう言うヒューズから受け取った紙袋から出てきたのはカボチャにコウモリの羽が生えたリュックだった。
「この紐の先をお前のズボンのベルトにつけておくんだ。そうしたらハボックちゃんが一人でどっかに行っちゃったりしないだろ?」
 リュックについた紐を指してヒューズが言う。なるほどと頷いたロイはハボックにカボチャのリュックを背負わせて、紐の先をベルトに取り付けた。
「ありがとう、ヒューズ。お前もたまには気の利いた事をするな」
「一言多いんだよ、お前は」
 素直に礼だけを言わないロイにヒューズが眉を寄せる。それでもハボックを見て言った。
「それじゃあハボックちゃん、楽しんでおいで。一杯お菓子を貰ってくるんだよ」
「ろいっ」
 ニッコリ笑って頷いたハボックは、ヒューズに向かって手を伸ばす。ありがとうと言うようにキュッと抱きつかれて、ヒューズは髭面を緩めた。
「うーん、ハボックちゃんっ、どうせならキスもしてくれると嬉しいなぁ」
「何を言ってるんだ、お前はっ!調子に乗るなッ、離れろッ!」
 髭面を指差して「ここ、ここ」と主張するヒューズをロイが目を吊り上げて引き剥がす。ハボックに「キスする必要なんてないからな」と言い聞かせるロイに苦笑して、ヒューズが言った。
「ま、とにかく楽しんでこいよ」
「ああ――――ありがとう、ヒューズ」
 今度は素直に礼を言われてヒューズが擽ったそうに笑う。これから急いでセントラルに戻るというヒューズを見送ると、ロイはハボックを連れて家を出た。
 ハロウィン一色の街はあちこちにカボチャやコウモリやオバケの飾り付けがされて賑やかだ。キラキラと目を輝かせたハボックが早速ロイの手を離して走り出した。
「なるほど、これは便利だ」
 普段より人通りの多い中、小さなハボックを見失う心配がない。ロイは足を早めると、ジャック・オ・ランタンの前に座り込んでいるハボックに歩み寄った。
「ろーいっ」
「ふふ、変わったランタンだな」
 カボチャをくり抜いた顔にはヒゲと牙があって、頭に乗せられた帽子からは耳が覗いている。猫好きな誰かが作ったらしいカボチャと暫くの間見つめ合って、漸く満足したらしいハボックが立ち上がってロイの手を取った。手を繋いで歩き出してすぐ、ハボックは再び走り出すとお菓子を配っているドラキュラの近くで足を止める。じっと見つめるハボックに気づいたドラキュラが、ニッコリと笑って言った。
「可愛い狼男だね!凄い尻尾だ」
「ろーいっ」
 自慢の尻尾を褒められて、ハボックは嬉しそうに尻尾を振る。
「凄い!動くんだ!」
 フサフサと揺れる尻尾に目を瞠ったドラキュラがハボックの尻尾に手を伸ばすのを見て、ロイはギクリとして一歩踏み出した。
「ろい〜」
「凄いな、どんな仕組みなんだい?」
 そんなロイの気持ちなど気づきもせず、ドラキュラに尻尾を触らせたハボックはお菓子を貰ってロイの所に戻ってくる。嬉しそうにお菓子を見せられれば怒る訳にもいかず、ロイはそっとため息をついた。
「よかったな」
「ろいっ」
 ハボックはニコッと笑って頷く。カボチャのリュックにお菓子をしまうと、ロイとは手を繋がず走り出した。
「こらこら」
 紐で繋がった可愛い狼男を追いかけて、ロイも小走りに走る。ハボックは自分よりずっと大きい狼男に駆け寄ると尻尾を探して狼男の周りを回った。
「おっ?仲間じゃん!」
 ハボックを見て男が楽しそうに言う。ハボックは金色の尻尾を抱えるようにして男に見せた。
「ろーいっ」
「ん?ああ、尻尾か。実は他の狼男とケンカしたら千切られちゃったんだよ」
「ろいッ!」
 そう聞いてハボックは飛び上がる。泣きそうになって尻尾を抱き締めるのを見て、男は「しまった」と言う顔をした。
「あー、大丈夫、大丈夫。ソイツとは仲直りして尻尾も返してもらったから!明日には元通りくっつく予定!」
「ろぉい……?」
「うん、ビックリさせてゴメンな。お詫びにこれ」
 男は言ってハボックにカボチャの形をした棒がついたキャンデーを差し出す。ハボックの金髪をクシャリとかき混ぜ、ロイにすまなそうに頭を下げて行ってしまった。
「ろーいー」
「大丈夫、明日にはくっつくってさ」
 心配そうに見上げてくるハボックにロイは笑って言う。貰ったカボチャのロリポップを指差して言った。
「よかったな、可愛いキャンディ貰えて」
「ろいっ」
 言えば漸くハボックが笑みを浮かべる。そのキャンディもリュックにしまって、二人は再び歩き出した。
 店のディスプレイを覗きお菓子を貰って、二人はハロウィンの街を楽しむ。小さな狼男はどこに行っても人気者で、気がつけばリュックにはお菓子が一杯入っていた。
「よかったな、ハボック」
「ろぉい!」
 ニコニコと頷くハボックの手を引いてロイは家に帰る。やれやれとリビングのソファーに腰を下ろしたロイに、リュックの中から取り出したものを手にハボックが駆け寄ってきた。
「ろいっ」
「――――くれるのか?」
「ろい!」
 ニコニコと笑いながらハボックが差し出したのは黒猫のロリポップだ。頷くハボックの手からロリポップを受け取ってロイはハボックを抱き締めた。
「ろーい」
「楽しかったか、そうか」
「ろぉいっ」
「うん、来年もまた行こうな」
 来年もそのまた来年もずっとずっと。
 その夜二人はジャック・オ・ランタンに火を灯して、トリック・オア・トリートに訪れた子供達にお菓子を渡して過ごしたのだった。


2014/11/01


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