第五十二話


「さあ、どうぞ」
 遂に順番がやってきてロイはハボックの手を引いて中に入る。意外と広い建物の中には何匹ものウサギやモルモットが放し飼いにされていた。
「ほら、ハボック」
 ロイは繋いでいた手を離してハボックの背を軽く押す。二、三歩歩いて振り向くハボックにロイが頷けば、ハボックは一番近くにいた白いウサギに恐る恐る近づいた。
「ろーい……」
 待ちに待ったウサギとの対面にドキドキしているのだろう、ハボックはなかなかウサギに手を伸ばそうとしない。それでも漸くハボックが手を伸ばしかけた時、後ろからやってきた男の子がサッとウサギを抱き上げてしまった。
「見て見て、ママ!かわいいよ!」
 男の子は嬉しそうに叫んで母親の方へと走っていってしまう。その背を呆然と見送るハボックの頭をロイはポンポンと叩いた。
「……ろい」
「大丈夫、ほらまだいっぱいいるぞ。あっちにも、そっちにも」
 ロイは言ってウサギを指差す。コクンと頷いたハボックは今度はタタタとウサギに駆け寄った。
「ろーい……」
 ウサギの側にしゃがみ込み、ハボックはそろそろと手を伸ばす。ハボックの小さな手が触れる寸前、今度はウサギがピョンと跳ねて逃げてしまった。
「ろいっ」
 慌ててハボックが追いかければウサギはピョンピョンと逃げる。ムッと眉を寄せたハボックは数歩駆けるとエイとばかりに飛びついた。
「ろいッ」
 ムギュッと床に押さえつけるようにしてハボックはウサギを捕まえる。前脚の下に手を入れてウサギを抱き上げたハボックは自慢げにロイを振り返った。
「ろーいっ」
「はは、よかったな」
「ろいっ」
 無事ウサギを捕まえたハボックにロイは歩み寄って麦藁帽子の頭を撫でる。そうすればハボックは嬉しそうに笑ってウサギの柔らかい毛に頬を擦り寄せた。
「ろーい……」
 すりすりと頬を寄せたハボックはウサギの顔を真正面から見つめる。ヒクヒクと鼻を動かすウサギを真似てヒクヒクと鼻をヒクつかせてハボックはギュッとウサギを抱き締めた。
「ろーいっ」
「ふふ、可愛いな」
「ろいっ」
 言えば顔を輝かせて頷くハボックも可愛らしい。ハボックは近くにいた黒いウサギに近寄ると片手で最初のウサギを抱きもう片方の手で黒ウサギを抱き上げた。
「ろいっ」
「落とすなよ」
 両手にウサギを抱えるハボックの様子に心配して声をかけるロイの事など全く気にせず、ハボックは抱き上げたウサギに両頬をこすりつける。もふもふの毛に嬉しそうに頬をすり付けていたハボックは毛がフサフサと長いウサギを見つけて目を見開いた。
「ろいッ?」
 ウサギを両手に抱えてハボックは毛の長いウサギに駆け寄る。側にしゃがんでまじまじとウサギを覗き込むハボックにロイが言った。
「ソイツはアンゴラウサギだ。毛の長いウサギなんだよ」
「ろーいー」
 ロイの説明にほうほうとばかりに頷いたハボックは両手に抱いたウサギを交互に見る。悩んだ末に黒ウサギを下ろすとアンゴラウサギに手を伸ばした。
「ろい……」
 もふもふと毛の長いウサギをそっと抱き上げようとした時、ハボックは後ろからドンッと体当たりされてぴゃっとウサギに顔から突っ込んでしまった。
「ろいッ」
 何をするんだとばかりに振り向いたハボックはのっそりと立つ四つ足を見上げて目をみはる。逆光で黒く見えていた顔が近づいてきたと思うと、山羊のスノウが頭をゴンゴンとハボックにぶつけてきた。
「ろーい〜っ」
「ハボック!」
 いきなり山羊に攻撃されて、尻餅をついたハボックが悲鳴を上げる。慌ててロイがハボックを引っ張り上げたが山羊のスノウはしつこくハボックに追いすがってきた。
「なんなんだっ、一体?」
 流石に驚いてロイはウサギごとハボックを抱き上げて逃げる。追ってくる山羊から逃げ回っていると、係の女性が慌ててやってきた。
「やめなさい、スノウ!」
 女性の飼育員は山羊を抱きかかえるようにして押さえ込む。ビックリして空色の瞳をまん丸に見開くハボックを見上げて言った。
「ごめんなさい、この子、好きな相手に体当たりするのよ」
「好きな相手に体当たり?それはまた随分と情熱的だな」
 理由を聞いてロイが苦笑する。腕の中でウサギをひしと抱き締めて固まっているハボックにロイは言った。
「スノウに好かれてるらしいぞ、ハボック」
「ろーい……」
 言われて迷惑そうに口をへの字にするハボックにロイは思わずクスリと笑う。ハボックを下ろしてやりながら言った。
「ギュッとしてあげなさい。きっと喜ぶよ」
「ろい……」
 そう言うロイをハボックが見上げる。ロイがハボックの手からウサギを預かって頷くと、ハボックが恐る恐る山羊に近づいた。
「……ろーい」
 そっと手を伸ばし山羊の体をギュッと抱き締める。そうすれば山羊が嬉しそうに鳴いてハボックにグリグリと頭を押し付けた。
「大好きって言ってるわ」
「ろいっ」
 係の女性が笑って言うのを聞いてハボックの顔にも笑みが浮かぶ。山羊の頭や体を暫く撫でた後、ハボックはロイからウサギを受け取った。ウサギを抱いたままアンゴラウサギの側にしゃがんでその長い毛を優しく撫でる。そんなハボックの側に山羊のスノウが寄り添ってすりすりと体を擦り付けた。
「ろーいっ」
 ウサギと山羊と一緒に遊んでハボックが嬉しそうに笑う。気がつけば他のウサギやモルモットも寄ってきて、ハボックは沢山のもふもふに囲まれてはしゃぎ声を上げた。


「ろーい〜」
 動物園の閉園を知らせる曲が流れる中、アンゴラウサギを抱き締めたハボックがイヤイヤと首を振る。唇を尖らせて見上げてくる空色にロイはやれやれとため息をついた。
「もうさよならの時間だよ、ハボック」
「ろいっ」
「じゃあウサギと一緒に動物園に泊まるか?私は帰るからな」
 ロイは言ってハボックを置いて歩き出す。そうすれば半泣きで呼ぶハボックの声と軽い足音に続いて、ぱふんと小さな体が足にしがみついてきた。
「ろいッ」
「ちゃんとウサギにバイバイしてきたか?」
 抱き上げながら尋ねれば首にしがみついたハボックが頷く。ロイはウサギを抱いて手を振る係の女性に笑みを返してふれあい広場の建物を後にした。
「ウサギに会えて楽しかったな」
「ろい……ろーい〜……」
「流石に家で飼うのは無理だからな。また会いに行けばいいさ」
「ろいっ」
 絶対と見上げてくるハボックの麦藁帽子をポンポンと叩けば、ハボックがタタタと駆け出す。
「ろーいっ」
 ロイが追いついてくるのを待って、ハボックはレースのリボンをヒラヒラと靡かせてロイに抱きついた。
「ろーい」
 ありがとうと言うように呼ぶハボックを抱き上げてロイは笑う。夕日に辺りがオレンジ色に染まる中、二人はバスに乗って家へと帰っていった。


「ハボック、そんなところで寝たら風邪をひくぞ」
 家について風呂に入って、軽く食事をすませて寝室にくれば宝物を入れる箱を前に床に伸びているハボックを見つけてロイは言う。もうすっかりと寝入ってしまっているハボックを抱き上げて寝床のクッションの上に寝かせるとブランケットをかけてやった。それから出しっぱなしの宝箱をしまおうとしてロイは蓋に手を伸ばす。宝箱の中に山羊にかじられた入場券の半券と係の女性から貰ったシールが大切にしまってあるのを見てロイは優しく目を細めた。
「また一緒にウサギやスノウに会いに行こうな」
 そう言って眠るハボックの金髪を撫でれば。
「ろーい……」
 夢の中からハボックが笑って答えた。


2014/07/20


→ 第五十三話