第五十一話


「あそこだな」
 長い坂道を降りながらロイが言う。坂道を下りきった所に「ふれあい広場」と看板を掲げたゲートが見えて、ハボックはロイの手を離して走り出した。
「転ぶなよ!」
 下り坂でスピードが出て、物凄い勢いで駆けていく小さな背に向かってロイは叫ぶ。ちょっぴり心配になって追いかければ、何とか転ばずについたハボックが柵にしがみつくようにして中を覗いていた。
「ろーいっ」
「ああ、ウサギはきっと奥にいるんだろう」
 外から見えるところにウサギの姿はない。ロイはハボックの手を取ると中に入る為に並ぶ子供達の列の後ろについた。少しずつ列が動いて中に入れる順番が近づいてくれば期待も高まってくる。ワクワクと顔を輝かせているハボックと顔を見合わせてニッコリと笑ったロイは、柵越しに中から顔を突き出してきた山羊がハボックのポーチにつけた口をモグモグとさせている事に気づいた。
「おい、何か食ってるぞ」
 言ってロイが指差す先、山羊がハボックのポーチから何やろ引っ張り出しながら口を動かしている。それを見たハボックが悲鳴を上げて飛び上がった。
「ろーいッ!」
 ハボックは山羊の口から出ている物を掴んで引っ張る。ビリッと音を立てて破けたそれは、動物園のチケットの半券だった。
「あー、食われたか……」
「ろーい〜〜っ」
 大事な記念のチケットを山羊に食べられてしまってハボックがわんわんと大泣きする。ボロボロと涙を零すハボックを抱き上げたロイがよしよしと背中を叩いてやっていると、何事かと飼育員の女性が駆け寄ってきた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや……山羊にチケットを食べられてしまってね」
 言って苦笑するロイの言葉にハボックが握り締めた千切れたチケットを見た女性が眉を寄せる。
「ごめんなさい、この子食いしん坊で……。もう、駄目でしょう、スノウ」
 めっと山羊を睨んだ女性は胸ポケットから何やら紙を取り出した。
「ごめんなさい、大事なチケット食べちゃって。お詫びにこのシールをあげるわ。本当にごめんなさいね」
 そう言って動物のシールを差し出す女性をハボックは涙に濡れた目で見つめる。すまなそうに笑う女性を見つめシールを見つめて、ハボックは手の甲で目をゴシゴシとこすった。
「……ろい」
「はい、どうぞ」
 女性が差し出すシールをハボックは受け取る。象やキリンやライオンや、色んな動物が描かれたシールを見つめるハボックにロイが笑って言った。
「よかったな、ハボック。ありがとう、すまないね」
「いいえ、こちらこそ」
 礼を言うロイに女性は首を振って答える。女性はハボックの涙をハンカチで拭くと「それじゃあ」と手を振って行ってしまった。
「大事にしまっておきなさい」
「ろいっ」
 ロイの言葉に頷いて、ハボックは今度は外ポケットではなくファスナーを開けて中に入れる。かじられたチケットも大事そうにしまってハボックはロイを見た。
「ろーいっ」
「うん、山羊は紙が大好物なんだよ。よく判っただろう?」
「ろーい……」
 やれやれといった様子でコクンと頷くハボックにロイはクスリと笑う。
「ほら、もうすぐ順番だぞ」
「ろいっ」
 言えば腕から飛び降りて、前の子の向こうを覗き見ようとピョンピョン跳ねるハボックの麦藁帽子のリボンがヒラヒラと舞った。


2014/06/14


→ 2014七夕編