| 第五十話 |
| バスを二つ乗り継いで二人は郊外にある動物園に向かう。途中店先に並んだつば広の麦わら帽子を買って被せてやれば、ハボックはクルリと回って帽子についたヒラヒラのレースのリボンをなびかせた。 「ハボック、着いたぞ」 窓枠にしがみつくようにして窓の外の景色を眺めているハボックにロイは声をかける。バスのタラップを下りれば目の前に立つ動物園の入口を見上げて、ハボックは目を大きく見開いた。 “Welcome”と大きな歓迎の文字が飾られた入口には沢山の動物たちの絵が描かれている。ハボックはその中に叢から顔を出すウサギを見つけて駆け寄った。 「ろーいっ」 「ああ、会いに行こうな」 嬉しそうに指差して言うハボックにロイは笑顔で頷く。入口の横にあるチケット売り場に行くとチケットを二枚買った。 「ほら、一枚はお前のだ。あそこにいる係の人にこれを見せて入るんだ」 「ろーいー……」 渡されたチケットをしげしげと見つめるハボックの手を取りロイは入口に向かう。係の女性にチケットを渡すロイを真似て、ハボックもチケットを差し出した。 「こんにちは。お父さんと一緒に動物園?いいわね」 女性は笑みを浮かべて言うとチケットを受け取る。切り取った半券をハボックに返して言った。 「楽しんできてね」 「――ろいっ」 にっこり笑う女性に笑い返してハボックは答えると手の中の半券を見つめる。動物が黒い影の形で描かれているそれを大事そうにポーチの外ポケットにしまった。 「よし、行こうか」 「ろいッ」 頷くハボックの手を引いてロイはゆっくりと歩き出す。入口で貰った案内図を広げて言った。 「ウサギには勿論会いに行くが折角動物園に来たんだ。他の動物にも会いに行こう」 「ろい?」 他の動物と言われてもピンと来ないのだろう。不思議そうに首を傾げるハボックに、ロイは別れ道に立てられた案内表示を見て言った。 「ここから近いのはキリンだな。まずはキリンに会いに行こう」 ロイはそう言いながら“キリン”と書かれた矢印の方へと進む。少し行くと網目模様のキリンの姿が見えてきた。 「ほら、ハボック。あれがキリンだ」 言って近づいていくにつれ背の高い動物を見上げてハボックの体が仰け反る。麦わら帽子が落ちてしまいそうなほど頭を後ろに倒してキリンを見上げるハボックにロイはクスリと笑った。 「ろぉ、いッ!ろいッ!」 「ああ、首が物凄く長いな」 興奮してキリンを指さすハボックにロイは笑って頷く。高いところにある枝の葉を食べるキリンを見上げてロイは言った。 「キリンは高い所の葉を食べようとして一生懸命首を伸ばしているうちにああして首が長くなったという話だよ」 「ろーい……」 ハアと感心したように見つめていると、キリンが長い首を動かしてハボックに顔を寄せてくる。ペロリと紫色の長い舌が覗いて、ハボックは目をまん丸にしてキリンを見た。 「……ろい……ろーいッ!」 長い紫色の舌は相当衝撃的だったらしい。ベェと自分の舌を出して見ようとするハボックの様子にロイはクスクスと笑った。 「そろそろ行こうか」 暫くキリンを眺めて、ロイはハボックを促す。差し出した手を握るハボックの手を引いて歩けば、ハボックが楽しそうにスキップした。 「ほら、ライオンがいるぞ」 言ってロイが指差す先、ライオン達が木陰に寝そべっている。フサフサの見事なたてがみの牡ライオンを見たハボックの髪が、麦わら帽子を押し上げてもさりと膨らむのを見て、ロイはギョッとして目を吊り上げた。 「ハボック!」 「……ろぉい」 ジロリとロイに睨まれて、ハボックが首を竦めてロイを見る。ハボックの髪が元に戻って、ロイはため息をついた。 「約束を破ったらウサギに会う前に帰るからな」 「ろいッ」 その言葉にハボックがピシッと背筋を伸ばす。 「ろいー」 もうしませんと言うように見上げてくる空色に、ロイは笑みを浮かべる。ポンポンと麦わら帽子の頭を叩けば、ハボックも笑みを浮かべた。 寝てばかりのライオンを眺めた後も二人は動物を見て回る。ハボックが水筒に入れた井戸水をコクコクと飲む間にロイは案内図を見て言った。 「次は象だな。そうしたらお待ちかねのウサギだ」 「ろい!……ろーい?」 嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねたハボックが尋ねるように首を傾げる。 「ふふ……象は凄いぞ――見れば判るさ」 尋ねる視線にそう答えると、ハボックがロイの手を引いて引っ張った。 「ろーい!」 期待に目を輝かせて早くと引っ張るハボックに急かされて、ロイは足早に象がいる方へと向かう。汗をかきながら坂道を登った先に見えてきた大きな姿にハボックの空色の瞳がまん丸に見開いた。 「あれが象だよ」 ロイは言って側に近づこうとする。だが、ハボックがピタリとその場から動こうとしない事を訝しんで見下ろした。 「どうした、ハボック?」 尋ねればハボックの体がピクリと震える。大きく見開いた瞳でロイを見上げて、ハボックは小さく首を振った。 「……ろーい」 「ハボック」 どうやら大きな象の体にびっくりしてしまったらしい。尻込みするハボックをロイは笑って抱き上げた。 「象は体は大きいがとても優しい動物だよ。大丈夫、怖くないから一緒に見に行こう」 ロイは言ってハボックを抱いたまま象の檻に近づく。ギュッとしがみついてくるハボックの背を優しく撫でてロイは言った。 「大きな耳だな、団扇になりそうだと思わないか?」 「……ろい」 しがみついたままハボックが頷く。象が長い鼻を動かすのを見て、ビクリと震えるハボックにロイが言った。 「象の鼻はとても器用なんだ。私達の手のように物を掴めるし水を吸い上げたり出来るんだ。――ほら!」 ロイが言うのに答えるように、象がバナナの房を鼻で巻き取るように持ち上げる。器用にバナナを口に放り込むのを見て、ハボックが声を上げた。 「ろーいッ!ろいッ!」 「な?器用だろう?」 「ろいッ」 ハボックは大きく頷くとロイの肩に掴まり身を乗り出すようにして象を見る。その時強い風がハボックの麦わら帽子を吹き飛ばした。 「ろいッ!」 「あっ、待て!」 伸ばしだ二人の手をかいくぐって帽子はフワリと浮き上がる。レースのリボンを靡かせて風に乗って飛んだ帽子は柵を越えて象の檻の中にフワリと落ちた。 「ろーいっ」 「参ったな、象に踏まれない内に飼育員に頼んでとって貰おう」 やれやれとため息をついてロイは動物園の職員を探して歩き出そうとする。その時肩を掴む手に力が入ったと思うとハボックが大声を上げた。 「ろーいッ!」 「えっ?――――あ」 ロイが視線を向けた先で象が長い鼻を帽子に伸ばす。大事な物を扱うようにそっと帽子を摘み上げ、二人の方へゆっくりと歩いてきた。象は柵ギリギリまで近づくと帽子を摘んだ鼻をハボックに伸ばす。金色の頭の上でパッと鼻を離せば、帽子はぽとりとハボックの頭の上に落ちた。 「――――ろーい……」 「驚いた、拾ってくれたのか」 思いがけない出来事にロイは呟く。ポカンとして象を見つめていたハボックが嬉しそうに笑って叫んだ。 「ろーいッ!ろーいッ!」 ハボックはロイの肩に掴まって伸び上がりながら象に向かって大きく手を振る。象はそんなハボックに答えるように鼻を一振りすると、檻の奥へと戻っていった。 「よかったな、ハボック」 「ろいっ」 にっこりと笑いあって二人はもう一度象を見る。 「よし、それじゃあお待ちかねのウサギに会いに行くか」 「ろーいッ」 藁を口に運ぶ象に手を振って、ロイとハボックはウサギに会うために歩き出した。 2014/05/19 |
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