第五話


「ハボックちゃあんッッ」
 呼び鈴の音に扉を開ければ眼鏡の奥の瞳に涙を滲ませた髭面が目に飛び込んできて、ロイは開いた扉をバンッと閉じる。だが、ドンドンと扉を叩きながらハボックの名前を大声で連呼されて、仕方なしに扉を開けた。
「ヒューズ、お前────」
「ハボックちゃんっ、どこッ?!」
 文句を言いかけたロイをドンッと突き飛ばしてヒューズは家の中に飛び込んでくる。リビングの扉を叩き壊さんばかりの勢いで開けたヒューズは、びっくりしてカーテンにしがみついているハボックの姿を見つけてパアアッと顔を輝かせた。
「ハボックちゃんッッ!!」
「ッッ!!」
 もの凄い勢いで突進してくるヒューズに、ハボックはビクッと震えてカーテンの陰に隠れようとする。だが、一瞬早くヒューズの腕が伸びて、ハボックは力任せに抱き締めてくる男に目を白黒させた。
「ハボックちゃんっ、また会えるなんてッッ!!嬉しいッ、本当に嬉しいよッッ!!」
 ヒューズは大声で喚いてハボックをギュウギュウと抱き締めながら、ハボックの滑らかな頬に髭面をこすりつける。手荒い抱擁にハボックが涙目になってロイを呼んだ。
「ろーい〜〜」
 助けを求めて伸ばされるハボックの手を見て、ロイはズカズカとヒューズに歩み寄るとヒューズの頭を拳骨で思い切り殴る。「いてッ」と頭を押さえたヒューズの腕からハボックを取り戻してロイは言った。
「いい加減にしろ、ハボックが嫌がってるだろうが」
「なにするんだ、折角の感動の再会を邪魔するなんてっ」
「感動しているのはお前だけだ」
 冷たくピシャリと言い捨てて、ロイは抱き上げたハボックを下ろすとキッチンに入る。後からついてきたハボックがロイのシャツの裾を掴むのを目を細めて見遣ると、ロイは手早くコーヒーを淹れた。
「こんなにすぐ来るとは思わなかった」
 言いながらカップをテーブルに置いてソファーに腰を下ろすロイの隣に、ついてきたハボックがよじ登ってロイにピタリとくっつく。それを見てヒューズは二人の向かいに腰を下ろして言った。
「当たり前だろう。ハボックちゃんが戻ってきたって聞いたらさ」
 ヒューズはズズッと鼻を啜って滲んだ涙を手の腹で拭う。漸く落ち着いたと言うようにソファーに身を預けてカップに手を伸ばそうとしたヒューズは、ハボックに向けていた目をハッと見開いた。
「なんでッ?」
 ヒューズは叫ぶと同時に立ち上がるともの凄い勢いでテーブルを回ってハボックの側にやってくる。ギョッとしてロイにしがみつくハボックに食いつかんばかりに顔を寄せて、小さい体を上から下までじろじろと見た。
「ハボックちゃんに尻尾がないッ!!」
「なにかと思えば喧しいぞ、ヒューズ」
 あの可愛い尻尾はどこッ?と喚くヒューズをロイは思い切り顔を顰めて見上げる。「だって」と大騒ぎするヒューズを視線で黙らせてロイは言った。
「隠しておくようにと私が言ったんだ」
「隠して?なんでっ?」
 向かいのソファーに戻って尋ねるヒューズをロイは見つめる。
「忘れた訳じゃないだろう?私がハボックを置いて家を出なければいけなくなった理由」
「あ」
 そう言われてヒューズは目を見開き、それからため息をついた。
「そうだったな」
 あの哀しい出来事を思い出しながらヒューズはハボックをじっと見る。次の瞬間フニャと表情を崩して言った。
「でもなぁ、あの尻尾が可愛かったんだよなぁ。マースくん、ハボックちゃんの尻尾大好きだったからさぁッ」
 ヒューズが体をくねらせてそう言うのを聞いたハボックがしがみついていたロイから体を離す。次の瞬間、ポポンと音がして金色の髪の間から犬耳が、シャツの裾からふさふさの金色の尻尾が覗いた。
「おお〜〜ッッ!!」
 得意そうな顔で見上げてくるハボックに、ヒューズが目を輝かせて身を乗り出す。そんな二人にロイが思い切り眉間に皺を寄せた。
「ハボック……ヒューズ!!」
 ロイはソファーの上で体の向きを変えハボックをじっと見る。黒曜石の瞳で見つめられてシュンと俯いたハボックから犬耳と尻尾が消えた。
「あーあ、折角可愛いのに」
「燃やすぞ」
 ジロリと睨まれてヒューズは慌ててカップに手を伸ばす。ズズッとコーヒーを啜るヒューズにため息をついたロイは、ハボックの頭を優しく撫でた。
「ろーい」
 撫でる手にすり寄ってくるハボックをロイは優しく見つめる。そんな二人を見ていたヒューズは「あっ」と短く声を上げた。
「そうだった、ハボックちゃんにお土産持ってきたんだよ〜」
 ヒューズはそう言ってソファーの上に放り出してあった紙袋に手を伸ばす。
「ほら、ハボックちゃん、可愛いだろうッ」
 そう言ってヒューズが広げたのは、フリフリのレースも可愛いショート丈のドレスだった。


2012/08/15


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