第四十八話


「ご注文は子犬だ」
 ドンドンとしつこく扉を叩く音に仕方なしに玄関の扉を開ければ、案の定現れた髭面が口にした言葉に、ロイはあからさまに顔をしかめる。
「貴様、呼びもしないのにやってきたと思えばいきなり何なんだ」
 言ってじろりと睨んだもののヒューズは全く気にした風もない。キッと引き締めていた顔を次の瞬間ほにゃとだらしなく緩めて、ヒューズは言った。
「やだなぁ、ハボックちゃんの事に決まってんだろ!ハボックちゃあんっ、マースくんが来たよー」
「あっ、こら!誰が入っていいと言った!」
 ヒューズはロイが引き止めるのも構わずドカドカと中に入っていく。リビングの扉を開けダイニングを覗きキッチンに入ってキョロキョロと見回したヒューズは、目指す姿を見つけられずバッとロイを振り向いて言った。
「ハボックちゃんはッ?!」
「お前が来たから逃げたんじゃないのか」
 ニヤリと笑って言ったものの、ロイもハボックを探して部屋の中を見回す。どこにもいないと見ると廊下に出た。
「中庭か?ハボック?」
 中庭に続く扉を開けて外に出ながらロイは声を張り上げる。ヒューズと二人辺りを見回しながら歩いていくと、ガサガサと音がしてフサフサの尻尾が覗いた。
「ハボック、何をしてるんだ?」
 ロイは眉を顰めてハボックのハーフパンツのウエストを掴む。グイと引っ張ってそのままハボックの小さな体を吊り上げたロイは、ハボックが何かを抱きかかえていることに気づいて目を見開いた。
「えっ?なに、ハボックちゃん、うさぎ?」
 同じタイミングで気づいたヒューズも眼鏡の奥の瞳を丸くして言う。ハボックが抱きかかえているのは白いフカフカのうさぎだった。
「ろーいっ」
 ハボックは自慢げにうさぎを見せる。長い耳に赤い目をしたうさぎはまだ子供で、首に可愛らしいリボンが結んであった。
「ろーい〜」
 下ろせとハーフパンツの尻を揺するハボックに、ロイはハボックを下に下ろしてやる。そうすればしゃがんでうさぎの耳を撫でるハボックを見下ろして、ヒューズが言った。
「迷いうさぎかね?」
「だな。リボンをつけてる」
 首輪代わりのリボンはこの子に飼い主がいる印だ。ロイはハボックの側に片膝をついて尋ねた。
「どこで見つけたんだ?ハボック」
「ろーい」
 聞かれてハボックは植木の奥を指差す。ハボックが指差した辺りの塀には小さな穴が開いていて、子うさぎはどうやらそこから入り込んだらしかった。
「ろーいっ」
 ハボックはうさぎを抱っこするとタタタと小走りに駆けていく。そのまま家に入ろうとするハボックを見て、ヒューズが言った。
「おい、ハボックちゃん、どうやら飼う気らしいぞ。どうするんだ?」
「そういう訳にはいかんだろう、飼い主がいるんだから。――――ハボック!」
 呼び止める声に、ハボックが扉の前で立ち止まる。ロイはハボックの側に歩み寄って言った。
「ハボック、その子は飼えないよ。飼い主がいるんだから」
 見上げてくる空色を見つめてロイは言う。だがハボックは俯くとうさぎをギュウと抱き締めて首を振った。
「ろーい……」
「ハボック」
「ろーいッ」
 宥めるように呼んでロイが伸ばした手をかいくぐって、ハボックは逃げてしまう。うさぎを抱いたまま植え込みの間に潜り込んでしまったハボックに、ロイはため息をついた。
「ご注文はうさぎだったな」
「ヒューズ」
 苦笑して言うヒューズを睨んだロイはハボックが潜り込んだ植え込みに近寄り、中を覗いて呼びかけた。
「ハボック、出てきなさい」
「ろいッ」
「ハボック」
 ハボックが可愛いものが大好きなのはよく知っている。真っ白でフワフワのルビーの瞳をしたうさぎは、ハボックにとって可愛くて堪らないだろう。だが。
「ハボック、その子は迷子なんだ。きっとその子の家の人が探してる。なぁ、ハボック。もしお前が迷子になって、よその家の誰かが凄く可愛がってくれたとしても、お前はその家に住みたいか?もうここへは帰ってきたくない?」
 言ってロイは暫く待つ。すると少ししてガサガサと音がしたと思うと、うさぎが顔を出した。
「ありがとう、ハボック」
 ロイは言ってうさぎを抱き上げる。そのロイの手からうさぎを取り上げて、ヒューズが顎で植え込みを示した。
「すまん、ヒューズ」
 ロイが言うのに頷いて、ヒューズはうさぎを抱いて庭を出て行く。ロイは植え込みの側に腰を下ろして言った。
「お前が見つけてくれたからあの子は無事に家に帰れるよ。よかったな」
 そう言うと少ししてハボックが植え込みから顔を出す。うっすらと涙を浮かべたハボックの金髪から覗いた耳がいつもより長くうさぎの耳のようになっているのを見て、ロイはクスリと笑った。
「それ、ヒューズに見せるなよ。大騒ぎになるぞ」
「……ろーい」
「今度動物園に連れて行ってやろうな。うさぎを抱っこ出来るぞ」
「ろーいっ」
 約束と言うように言ってしがみついてくる小さな体を、ロイは笑って優しく抱き締めた。


2014/04/17


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