第四十七話


「ん?」
 通りを歩いていたロイは微かに聞こえた鳴き声に足を止める。キョロキョロと辺りを見回して見れば、降り積もった雪に埋もれた段ボールの中、蠢く小さな影があった。
「なんだ?」
 ロイは雪をのけてその蠢くものを摘み上げる。蠢くそれは手のひらに乗るほどの小さな子猫だった。
「お前、捨てられたのか?」
 状況から察するにまだ生まれてさほど月日がたっていない子猫はどうやら捨てられてしまったらしい。誰かに拾ってもらえるのを期待して段ボールに入れられて捨てられた子猫は、その後降った雪に段ボールごと埋まりそうになっていたようだった。
「お前一人か?」
 ロイは言って子猫を片手に抱いたまま段ボールの周りの雪をかき分ける。他にいたのか最初からいなかったのか、ロイが拾った子猫以外に生き物の姿はなかった。
「一緒に行くか?」
 飼うのは無理かもしれないが、このまま置き去りにするのは憚られる。ロイは子猫を懐に入れると家に向かって歩き出した。


「ろーいっ」
 鍵を回して玄関の扉を開けた途端、小さな影が飛びついてくる。ロイはハボックの金色の頭をくしゃりとかき混ぜ「ただいま」と言った。
「ろーい〜」
 廊下を歩くロイの袖を引いてハボックが言う。ロイはリビングに行くとソファーのクッションの上に懐に入れていた子猫を下ろした。
「ちょっと待ってくれ、ハボック。コイツの面倒が先だ」
「ろーい……」
 クッションの上に置かれた黒い塊をハボックは目を丸くして見つめる。恐る恐る伸ばした手が触れる寸前、子猫がもそもそ動けばビクッと手を引っ込めるハボックにクスリと笑って、ロイは洗面所へと行った。
「子猫を拾ったんだ。雪の中に埋もれた段ボールの中に捨てられてた」
 タオルを手に戻ってきたロイはそう言って子猫の濡れた毛を丁寧に拭いてやる。鼻水を垂らしているのを見て、ロイは子猫を抱き上げるとソファーに腰を下ろしティッシュを取った。
「ろーい〜」
 そんなロイを見てハボックがもう一度ロイの袖を引く。ロイは子猫の鼻水を拭き怪我などしていないか、その小さな体を調べながら言った。
「なんだ?今忙しいから後でな」
 ハボックを見ずにロイは言う。子猫が足を擦りむいていることに気づき、救急箱を取りに立ち上がった。
「ろーいっ」
「後にしなさい、ハボック。ああ、今手当てしてやるからな。んー?なんだ、腹が減ってるのか?」
 ハボックにはおざなりに答えて、ロイは子猫の足を消毒し包帯を巻いてやる。それからキッチンに行き子猫用のミルクを用意したり、クッキーの缶で子猫の寝床を作ってやったりした。
「とりあえずこんなものか」
 柔らかいタオルの寝床で丸まってスヤスヤと眠る子猫の頭をロイは優しく撫でてやる。やれやれと伸びをして言った。
「待たせたな、ハボック。――――ハボック?」
 返事がないのを訝しんでリビングの中を見回したがハボックの姿はない。待ちくたびれて寝てしまったのだろうかと、ロイは二階へ上がった。
「ハボック?」
 寝室を覗いてみたが、ハボックが普段使っているクッションを敷き詰めた寝床にもロイのベッドの上にもハボックは見当たらない。
「どこに行ったんだ?ハボック!」
 ロイは大声でハボックを呼びながら家の中を探して回る。どこに行ったんだと流石に焦り始めた時、ロイは中庭に出る扉の近くにトレイが置いてあることに気づいた。
「これは……」
 トレイの上には溶けかかった雪ウサギが二つ。小さな赤い実の目が溶けた雪で涙を流しているように見えて、ロイは扉を乱暴に開けて中庭に飛び出した。
「ハボック!」
 降り積もった雪の上に残る小さな足跡を辿ってロイは中庭を走る。そうすれば赤い実を鈴なりにつけた木の下にハボックが立っていた。
「ハボック!」
「ろーい……」
 振り向いたハボックの空色の瞳に涙がたまっているのを見て、ロイは手を伸ばしてハボックを抱き締めた。
「すまん、ハボック。雪ウサギを作ったのを見せてくれようとしてたんだな」
 子猫の寝床は後にしてハボックの言うことを聞いてやればよかった。帰ってきたら見せようと一生懸命雪ウサギを作ってロイの帰りを待っていたのだろうに、可哀相な事をしてしまった。
「ろーい」
 キュッと抱きついてくる小さな体を抱き上げてロイは言った。
「ハボック、一緒に雪ウサギを作ってくれないか?私はああいうのを作るのは苦手なんだ」
 言って笑いかけるロイをハボックの空色の瞳が見つめる。その目がにっこりと笑ってハボックがロイを呼んだ。
「ろーいっ」
 ハボックは手を伸ばして赤い実を取る。ロイはバケツを持ってくると雪を入れた。たっぷりの雪を入れたバケツを運ぶロイの後を小さな手のひらに赤い実を乗せたハボックがついて行く。中庭から入る扉の前にバケツを置くと、ロイは家の中に戻りトレイを持って出てきた。
「よし、ハボック。雪ウサギを作るお手本を見せてくれ」
「ろぉい!」
 任せろと言うように頷いてハボックはバケツから雪を掬いとりトレイの上に置く。そうして二人で一緒に雪のウサギを生み出して。
 その日、庭の片隅には二匹の雪ウサギと小さな猫の雪だるまがトレイに飾られていたのだった。


2014/02/22


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