第四十六話


 リビングのソファーに座って新聞を読んでいれば、ドンドンと乱暴に扉を叩く音にロイは眉をしかめる。床に大事な宝物を広げて眺めていたハボックが、慌てて箱にしまい込むのを見ながらロイは言った。
「あの叩き方はヒューズだな」
 やれやれとため息をついてロイは新聞を置いて立ち上がる。宝物の箱をカーテンの陰に隠したハボックが伸ばしてきた手を繋いで、ロイは玄関へと向かった。
「煩いっ、叩くのをやめないと開けんぞ」
 喧しく扉を叩く音にロイがそう言えば、ピタリと音が止む。鍵を回し扉を開けると、案の定満面の笑みを浮かべた髭面が立っていた。
「ハボックちゃーん、こんにちはッ!まーす君ですよぉ」
 目の前に立つ家の主など目にも入らぬ様子でヒューズは言って、ハボックに手を伸ばす。だが、いつもなら何か楽しいものを持ってきてくれるヒューズを歓迎するハボックは、ロイのシャツを握り締めて背後に隠れてしまった。
「ハボックちゃん?どうし────」
「ろーいーッ!」
 たの?とヒューズが最後まで言い切る前にハボックが大声を上げてロイにしがみつく。ギューッと抱きついて嫌々と首を振るハボックに、ロイもヒューズも目を丸くした。
「えっ?なんでっ?俺、なにか驚かすようなことしたっ?」
「いや、お前のテンションが無駄に高いのはいつものことだからな」
 ハボックの態度にオロオロするヒューズにロイが言う。ロイを放すまいとするかのようにギュッとしがみついたハボックが、警戒心丸だしでヒューズを見つめていることに気づいたロイが「あ」と声を上げた。
「そうか」
「なにっ?なんだよ、“そうか”って!」
 どうにも訳が判らずヒューズはロイを見る。オロオロと焦りまくるヒューズにロイはニヤリと笑った。
「三段論法だな、これは」
「三段論法?」
「そう。お前が家に来る。すると私がいなくなる。だからお前が嫌い」
「は?────はああッ!??なにそれッ?!」
 ロイの言葉に一瞬ポカンとしたヒューズが次の瞬間声を張り上げる。ヒューズの大声にビクッとしてしがみつく手に力を込めるハボックの頭を撫でてやりながらロイは言った。
「この間お前が留守番に来て、私が家を空けたろう?だからハボックはお前が来るとまた私が自分を置いてどこかに行ってしまうんじゃないかと思ってるんだ」
「なんだよ、それッ!別に今日は留守番に来た訳じゃないぞッ!」
「仕方ないだろう、ハボックにはそう言う風に刷り込まれたんだから」
 全然仕方なくもなんともない様子で言うロイをヒューズは口を開けて見る。何度も口をパクパクとさせたヒューズが、むんずとロイの胸倉を掴んだ。
「冗談じゃないぞっ、ってことは、あれか?この先俺はハボックちゃんにずっと警戒されて嫌われるってことかッ?留守番しろって言ったのはお前だぞッ!俺は全然悪くないのにふざけんなよッ!」
 なんで俺がハボックちゃんに嫌われなけりゃいけないんだと、ギャアギャアと間近でヒューズに喚かれて、ロイは思い切り顔をしかめる。そんな二人の足元で、ハボックが泣きそうな声を上げた。
「ろーい〜〜っ」
「ああ、ハボック。大丈夫だ、心配ない」
 その声を聞きつけて、ロイはハボックを抱き上げる。ロイの首に手を回してギューッと抱きつくハボックを見て、ヒューズが言った。
「おい、なんとかしろ、ロイ!俺はハボックちゃんと遊びたいんだッ」
「何とかって言ってもな」
 必死の形相で言うヒューズにロイは肩を竦める。
「ハボックがお前が来ても大丈夫だと思うまでは無理じゃないか?」
 ハボックの中の三段論法が消え失せて、前のようにヒューズは楽しい事を持ってきてくれると思うようになるまで無理じゃないかと平然と言い放つロイを、ヒューズはじっと見つめる。それからほんの一瞬考えたと思うと口を開いた。
「よし、判った。それなら俺は毎日ここに通う」
「───は?なにを言い出すんだ、お前」
「ハボックちゃんが俺と元通り仲良くなってくれるまで、毎日ここに通うッ!!」
 拳を握り締めてそう宣言するヒューズに、ロイは目を吊り上げる。
「なにを言い出すかと思えば、大体お前、仕事があるだろうッ!毎日どうやってここに通うんだッ?無理に決まってるだろうがッ」
「無理だなんて誰が決めたッ!やると決めたら俺はやるぞッ!」
「勝手に決めるなッ、迷惑だッ!」
 きっぱりと言い切るヒューズに、ロイは抱いていたハボックをおろして正面から向かい合った。
「阿呆な事を言ってる暇があるならとっとと帰れッ!」
「阿呆じゃない、俺はいたって真面目だッ!これから毎日通うぞッ!」
「ふざけるなッ!来なくていいッ!」
「いや、来るッ!」
 ギャアギャアと顔をつき合わせて怒鳴りあう男二人を。
「ろーい〜」
 心配そうに見上げてロイのシャツを握り締めるハボックだった。


2014/01/31


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