| 第四十五話 |
| 「あれ?」 目が覚めたベッドの中で一緒に眠った筈の温もりを探し、ヒューズはいくらブランケットの中でもぞもぞと手を動かしても目指すそれがないことに気づいて飛び起きる。バッとブランケットをめくってみればハボックの姿はなくて、ヒューズは慌ててベッドから降りた。 「ハボックちゃんっ?」 まさかロイを探しに出ていったりはしてないだろうか。俄に沸き上がった不安にヒューズはゲスト用の寝室を出て二階に駆け上がる。主寝室の扉をそっと開け中を覗いたヒューズは、ベッドの上に出来たブランケットの小山を見つけてホッと息を吐いた。 「ハボックちゃん」 安心すると同時にロイのベッドで眠るハボックの姿に淋しさを覚える。ヒューズはそっと扉を閉めると階下に降りて顔を洗い朝食の準備をした。パンとコーヒーだけの簡素な朝食を手にダイニングに出てくれば、いつの間に降りてきたのかハボックが新聞をヒューズに差し出す。ありがとうと受け取って新聞を手にパンをかじるヒューズの椅子の側に立って、ハボックはヒューズのシャツの裾を掴んでいた。 「ハボックちゃん、ご飯済んだら散歩につきあってくれるかい?」 「ろいっ」 言えば頷くハボックにヒューズは笑みを浮かべる。新聞を閉じて食べ終えた食器をシンクに放り込むと、ヒューズは側にくっついているハボックを見下ろした。 「よし、行こうか」 「ろーい」 ヒューズの言葉に頷いてハボックは小さな手を差し出す。ヒューズは一瞬見開いた目を笑みに細めてその手を取った。 外に出ればもう随分と高くなった青空が広がっている。手を繋いで歩いていくと程なくして小さな公園に着いた。ハボックの小さな手がヒューズのそれをグイと引っ張る。引かれるままついて行けば公園の中に入ったハボックは、ヒューズを大きなクヌギの木の下へ連れていった。 「ろーい」 手を繋いだまましゃがんだハボックが、足下に落ちた団栗を拾ってヒューズに差し出す。 「くれるのかい?」 「ろいっ」 「ありがとう、ハボックちゃん」 ヒューズが礼を言って受け取るとハボックはにっこりと笑った。それからまたヒューズの手を引いて歩き出す。彼岸花やコスモスの花が咲いている間を時に立ち止まって花に触れたりして歩くのを、ヒューズはハボックの好きにさせてついていった。途中、ふと立ち止まったハボックが何かを探すように公園の中を見回す。どうしたのかとヒューズが尋ねるより早く、ハボックがヒューズの手を離して駆けていってしまった。 「ハボックちゃんっ?」 慌ててヒューズが追いかけたが、ハボックは低い植え込みの間に潜り込んでしまう。後に続こうにもヒューズが入るには植え込みの隙間は狭すぎて、ヒューズはうろうろとしながらハボックを呼んだ。 「ハボックちゃんっ!どこだいっ?戻っておいで!」 このまま見失ってしまったらと思うとドッと汗が噴き出してくる。植え込みを踏み荒らしてでもおいかけようかと思った時、ハボックがひょっこりと顔を出した。 「ハボックちゃん!」 無事戻ってきた姿を見て、ヒューズはハアアと息を吐く。膝に手をつきがっくりと前屈みになってため息をついたヒューズは、首を傾げて見上げてくるハボックを見て言った。 「見えないところに行ったら心配するでしょ!駄目だよ、ハボックちゃん」 「ろーい」 メッと眼鏡の奥の目を吊り上げるヒューズにハボックは申し訳なさそうに言う。もう一つため息をついて、ハボックの頭を撫でたヒューズは、ハボックが大事そうに小さな手を握り締めていることに気づいた。 「何か拾ってきたのかい?」 「ろいっ」 ニコッと笑ったもののハボックは見せてくれない。ヒューズに背を向けると手の中のものを大切にポケットにしまった。 「今度は何処に行く?ハボックちゃん」 公園の入口に戻ってくると、ヒューズはハボックに尋ねる。ヒューズをチラリと見上げたハボックは、今度は賑やかな通りに向かって歩き出した。駅前の雑貨店のショーウィンドウに飾られたハロウィンの飾りを覗き、裏通りの古書店を眺める。ロイの連れだと覚えていた店主が、サービスだと言ってハボックに綺麗な栞をくれた。街を横切る川を渡る橋の上で立ち止まって川を見下ろせば、吹き抜ける風がハボックの金髪をふわふわと靡かせる。途中、ハボックが繋いだ手を離したのは、公園の中で何かを拾いにいったあの時だけだった。 そうして一日街のあちこちを散歩して二人は家に戻る。段々と日が暮れ辺りが暗くなっていくと、ハボックは落ち着かなげに家の中を歩き回った。 「そろそろ帰ってくるね。家中ピカピカでロイの奴、きっとびっくりするよ」 「ろいっ」 うろうろと歩き回るハボックにヒューズが言う。ヒューズはロイがいつ帰ってきてもいいように夕方から作っていたシチューを温めなおした。 カチカチと壁の時計が時を刻む。ハボックは部屋の中を歩き回ってはカーテンをめくって外を覗き、また部屋の中をうろうろして玄関に様子を伺いに行った。そんなハボックを横目に見ながらヒューズは新聞に目を通す。新聞の隅から隅まで時間をかけてじっくりと三度も読み返して、ヒューズは乱暴に新聞をテーブルに置いた。 気がつけば、歩き回っていたハボックの姿がない。グルリと部屋の中を見回してふさふさの金色の尻尾が窓辺のカーテンの下から覗いているのを見て、ヒューズはため息をついて立ち上がった。 「ハボックちゃん」 そう声をかけたがハボックは顔を出さない。ハアと大きく息を吐いて、ヒューズはガリガリと頭を掻き毟った。 「あのバカ……ッ、なにやってやがる!」 もうとっくに戻ってきてもいい時間だ。ヒューズは口の中で友人を罵るとカーテンの側にしゃがみ込んだ。 「ハボックちゃん、そんなところにいないで出ておいで。そうだ、一緒にハボックちゃんの宝物眺めようか。マース君にハボックちゃんの宝物見せてくれないかなぁ」 そう言って柔らかい尻尾を優しく撫でたがハボックからの答えはない。仕方なしにもう一度話しかけようとして、ヒューズはカーテンの中からすすり泣く声が聞こえているのに気づいた。 「ろーい……」 「ハボックちゃん……」 ロイがいない淋しさを必死にこらえて、もう限界なのだろう。カーテンに隠れて声を潜めて泣く姿にヒューズは胸が締め付けられる気がする。カーテンをかき分けたヒューズは、しゃがみ込んで震えている小さな体を抱き締めようと手を伸ばした。その時。 ガチャガチャッと玄関の鍵が開く音がする。その音を聞いた瞬間、小さく縮こまっていたハボックが弾かれたように飛び上がった。 「ろーいッッ!!」 ハボックはヒューズの脇をすり抜けてリビングを飛び出していく。その後を追って部屋を出たヒューズは、玄関の扉を開けて入ってきたロイに飛びつくハボックの姿を見てやれやれとため息をついた。 「ろーい〜〜〜ッッ!!」 「ハボック」 ロイは手にしていた鞄を置いて飛びついてきたハボックを受け止める。わんわんと大声で泣くハボックを優しく抱き締めて、ロイは言った。 「すまん、ハボック。列車が遅れてしまってな」 「だったら連絡くらい入れろ、馬鹿ロイ」 「ヒューズ」 しがみついてくるハボックを抱き上げながらロイはヒューズを見る。睨んでくる常盤色に苦笑してロイは言った。 「悪かったな、ヒューズ。すっかり迷惑をかけた」 「謝るならハボックちゃんに言え」 フンと鼻を鳴らしてリビングに戻ってしまう友人にロイは苦笑する。ハボックを抱いてリビングに入ってきたロイは、綺麗に片づいた部屋の様子に目を見開いた。 「すごいな、ピカピカだ」 「ハボックちゃんがお前のために一生懸命掃除してくれたんだ」 「そうなのか?ハボック」 ヒューズの言葉にロイはハボックの顔を覗き込む。ありがとう、と笑いかけるロイにハボックは手の甲でグシグシと涙を拭った。 「ろいっ」 どうしましてと言うようにハボックは涙の残る顔に笑みを浮かべる。ロイが手のひらで残った涙を拭ってやれば、ハボックが擽ったそうに目を細めた。 「それで?用事は済んだのか?」 「ああ、おかげさまでな」 もうなんの心配もない、と笑みを浮かべるロイにヒューズも笑みを返す。その時、ハボックがもぞもぞともがいてロイの腕から飛び降りた。 「ハボック?」 どうした?と尋ねるロイの前でハボックはポケットを探る。そうしてロイの前に両手を差し出した。 「ろい」 開いた両手の上に小さな黒い種が幾つも幾つも乗っている。黒いその表面に白いハートの模様が浮かんでいるのを見て、ロイは言った。 「風船葛?。ああ、もしかして公園に行ったのか?」 少し前、ハボックと一緒に出かけた公園で風船葛がたくさんの実をつけていた。もう少ししたら実が出来るよとその時言ったのをハボックは覚えていたのだろう。 「ろーい」 「ハボック」 にっこり笑ってハボックは小さな手のひらいっぱいのハートの実を差し出してくる。じっと見上げてくる空色に、ロイは泣きそうな笑みを浮かべた。 「ありがとう、ハボック。もう一人にしたりしないからな」 「ろーい」 ロイは言ってハボックをギュッと抱き締める。その手からハートの実を取り上げてハボックと笑みを交わせば、背後から咳払いが聞こえた。 「別にハボックちゃんは一人っきりじゃなかったんだけどなッ」 「ヒューズ」 「どーせ俺なんていてもいなくても一緒だしぃ」 すっかり拗ねた様子でそう言うヒューズにロイが言った。 「感謝している、ヒューズ。おかげで心配せずに出かけてこられた」 「ま、別にいいけどさっ」 拗ねて見せたのは二人のあまりの仲の良さにちょっぴり妬けたからだ。 「シチュー作ったんだぜ。食うだろ?」 肩を竦めてそう言うとキッチンへ行こうとするヒューズの前にハボックがピョンと飛び降りた。そうしてロイの手から風船葛の実を一粒取り上げる。 「ろーい」 そうしてヒューズにその実を差し出した。 「俺にもくれるの?」 「ろい」 尋ねればにっこり笑って頷くハボックに、ヒューズの顔も笑みに崩れた。 「俺の実が一番デカイなッ!ありがとう、ハボックちゃん」 そう言ってハボックの金髪をくしゃくしゃとかき混ぜてヒューズはキッチンへ入っていく。その背を見送ったロイとハボックは顔を見合わせてにっこりと笑うと、遅い夕食を囲むべく手を繋いで中へと入っていった。 2014/01/23 |
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