| 第四十三話 |
| 「じゃあ、ちょっと行ってくる。明日の夜までには戻るから」 「ああ、気をつけてな」 「ハボックの事、くれぐれも頼む」 「判ってるって。ほら、早く行かないと列車に乗り遅れるぜ、ロイ」 ヒューズはそう言ってまだ何か言いたげなロイを玄関の外へと押し出す。口を開きかけたロイは苦笑して首を振ると、片手を上げて足早に駅に向かって歩き出した。 「やれやれ」 ヒューズは苦笑混じりにため息をついて扉を閉める。二階への階段を上がり寝室の扉をそっと開けてハボックがまだ寝ているのを確かめると、静かに扉を閉め階下に戻った。 滅多に自分からは連絡を寄越さない友人から電話があったのは一昨日の事だ。某所に預けてある研究資料の処分の為に家を空けたいのだが、その間ハボックの面倒を見て欲しいと言うのだった。 『あまりハボックを連れては行きたくないんだ、万一の事もあるし』 電話越しそう言ったロイの声は普段自信満々の彼には似つかわしくない程どこか不安げだった。かつてハボックと離れる原因となった事がロイをそうさせているのは明白で、だからヒューズは殊更明るく答えた。 『任せとけって。お前がいない間にハボックちゃんともっと仲良くなっておいてやるぜ。もしかしたらお前が帰って来る頃には“ろーい”じゃなくて“まーす”って言ってるかもな』 『あり得んな、それは』 『まあ、楽しみにしとけよ』 そんな会話を交わした後、ヒューズは至急の用件だけやっつけると、休みをもぎ取り超特急でロイの所へやってきた。そうして今ロイを送り出したヒューズはソファーに腰を下ろし煙草に火を点ける。 「さて、今日はハボックちゃんとどうやって過ごそうかな」 なんと言っても今日は邪魔者もなく朝から晩までハボックと二人きりなのだ。沢山楽しいことをして好感度を上げて、ハボックに“まーす”と呼んでもらおうとヒューズは本気で目論んでいた。 「そうだ、まず散歩に行こう。公園に行ってハボックちゃんの好きな綺麗な花とか可愛い小鳥なんかを一緒に見よう」 そんな事を考えれば、公園で花を摘むハボックの姿が浮かぶ。ニコッと笑ったハボックが「まーす」と言いながら花をくれる妄想が浮かんで、ヒューズの鼻の下が伸びた。 「それからどうするかなぁ……、あっ、そうだ。今日の記念にハボックちゃんが欲しい物を買ってあげよう」 確か駅の近くに可愛い小物を扱った店があった筈だ。 「よし、あそこの店に行くとして、次はどうするか……、ハボックちゃんがご飯食べられれば美味しい飯やにでも連れて行くんだが」 まるでデートコースを考える中学生のように、ヒューズがあれでもないこれでもないと考えていると、軽い足音がしてカチャリとリビングの扉が開いた。 「ろーい?」 「ハボックちゃあんッ」 聞こえた声に、ヒューズはソファーから飛び上がる。ロイがいるとばかり思っていたのだろう、駆け寄ってくるヒューズの姿に、ハボックは目をまん丸に見開いて凍りついた。 「おはようっ、ハボックちゃん!よく眠れたかい?」 満面の笑みでそう言うヒューズをハボックはびっくり眼(まなこ)で見つめていたが、ハッとするとキョロキョロと部屋の中を見回した。 「ろーいっ?ろーい!」 大声でロイを呼びながら部屋の中を駆け回る。カーテンを捲りテーブルの下を覗いてロイの姿を探すハボックに、ヒューズは言った。 「ロイは用事があって出かけたんだ。明日の晩まで帰ってこない。ハボックちゃんは俺と一緒にお留守番だよ」 にっこりと笑って言うヒューズをハボックが見つめる。大きく見開いた空色に涙が盛り上がったと思うと、ハボックは大声で泣き出した。 「ろーい〜ッ!」 「えっ?いや、ハボックちゃん!」 わんわんと泣くハボックをヒューズは必死に宥めようとする。これから一緒に公園で綺麗な花を見ようと誘い、駅前の店で可愛い小物を買おうと言ってみた。だが一向に泣き止まないハボックに、ヒューズはため息をつくと小さな体を抱き上げた。 「あのね、ハボックちゃん。ロイは大事な用事があって出掛けたんだ。でもそこはハボックちゃんにとってあまりいいところじゃないからハボックちゃんを置いていったんだよ」 そう言うヒューズをハボックが涙を一杯に溜めた瞳で見つめる。ヒューズは空色の瞳から零れる涙を指先で拭って言った。 「ロイはハボックちゃんが大事だからハボックちゃんを置いていった。一人にしておくのが心配だからわざわざこのマースくんを留守番に呼びつけてね」 ヒューズはハボックを見てニッと笑う。 「大丈夫、ロイはちゃんと帰ってくるよ。そうだ、家中ピカピカにして、ロイが帰ってきた時にビックリさせてやろうか」 「……ろーいっ」 「一緒にクッキーでも焼くか、ロイに食わせてやろう」 「ろーいっ!」 ヒューズの言葉にハボックが顔を輝かせて何度も頷いた。小さな手の甲でゴシゴシと涙を拭くとヒューズの腕からピョンと飛び降りる。 「ろーい!」 急かすようにヒューズを呼んでキッチンに駆けていくハボックの後を追いながら。 「まーすって言ってもらうのは夢のまた夢か……」 ちょっぴり淋しく呟くヒューズだった。 2013/06/06 |
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