第四話


「服を買ってくるまではこれを着てなさい」
 ロイは膝をついてそう言いながらハボックに自分のシャツを着せかける。ボタンを留め、長い袖を捲ってやれば、シャツは丁度ワンピースのように見えなくもなかった。
「ちょっと尻がスースーするだろうが……まあ、夏だし、風邪もひかんだろう」
 流石に買い置きの大人用の下着を着せるわけにもいかず、ロイは言い訳するように呟く。シャツを着せて貰ったハボックが、具合を試すようにクルンと一回転すれば、ハボックの動きを追うようにシャツの陰で尻尾がクルンと回った。
「…………」
 ロイはシャツの裾から覗くふさふさの金色の尻尾をじっと見つめる。それからハボックの金色の頭に生えた犬耳に視線を移した。
「ろーい?」
 腕を組んでじっと見つめてくるロイにハボックが不思議そうに首を傾げる。組んだ腕に掴まって顔を覗き込んでくるハボックを見返してロイは言った。
「ハボック、その犬耳と尻尾だが、隠すことは出来んか?」
 そう言われてハボックが僅かに目を見開く。ハボックの空色の瞳を見つめてロイは続けた。
「お前が私が可愛がっていた犬を真似てそうなったのは判っている。だが、その格好だとまたお前をキメラと勘違いして騒ぎ立てる輩が出てくるかもしれん」
 ロイがハボックを置いてあの家を出なければいけなくなった理由。それは犬耳と尻尾を見てハボックをロイが作ったキメラと思い込み、家に押し掛けてくる連中が後を絶たなくなったためだ。あの頃ハボックは家と強く結びついていて、というより家そのものであった為家を離れる事が出来なかった。そんなハボックを強引に連れだそうとする者まで現れてハボックの命が危険に晒された為、ロイはハボックを置いて家を出なくてはいけなくなってしまったのだ。
「私は同じ事を繰り返したくない。もう二度とお前を失うような事にはなりたくないんだ。私が言っていることが判るか?」
 ロイはそう言ってハボックの金色の頭を撫でる。柔らかなその髪から覗く犬耳をピクピクとさせたハボックは、ふさふさの尻尾を大事そうに抱き締めた。
「私もお前の尻尾が好きだよ。でも、そのせいでお前を傷つけることになったり、お前と離れなければならなくなるのは嫌なんだ」
 ロイは辛抱強くハボックに言ってきかせる。尻尾を抱き締めていたハボックは、ギュッと目を粒って「んーっ」と力を込めた。
 すると。ハボックの犬耳が髪の毛に溶け込むように小さくなって目立たなくなる。よく見れば小さな獣の耳があるようにも見えるが、髪の毛だと言えばそれで通りそうだった。
 「んーっ」とハボックは尻尾を強く抱き締めて更に力を込める。次の瞬間、ポンッと音がしてハボックの手の中からふさふさの尻尾が消えた。
「凄い、上手いぞ、ハボック」
 ふぅと息を吐いてへなへなと座り込むハボックをロイは褒めて抱き締めてやる。そうすればハボックが嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「ろーいー」
「ありがとう、ハボック。よく出来たな」
 ロイは笑みを浮かべてハボックの金髪を撫でてやる。褒められて嬉しそうに笑ったハボックは床に手をついてうんしょと立ち上がった。だが。
「っ?」
 立ち上がったハボックがふらふらと倒れそうになる。右に左にふらつくハボックを、ロイが慌てて手を伸ばして支えた。
「お前……もしかして今まで尻尾でバランスをとってたのか?」
「ろーいー」
 ハボックが鼻に皺を寄せて唇を突き出す。むー、と下唇を突き出してハボックが不満そうにしたと思うと、ポンッとシャツの下から尻尾が現れた。
「ハボック」
 尻尾をギュッと抱き締めてロイに背を向けるハボックに、ロイはため息をつく。その小さな体を背後から抱き締めてロイは言った。
「頼むよ、ハボック。いい子だから」
 もうあんな思いは二度としたくない。そう思って頼み込むロイを唇を突き出したハボックが肩越しに見た。その瞳をロイがじっと見つめれば、ポンッと音がして尻尾が消える。ホッと笑みを浮かべるロイの腕か抜け出して、ハボックはタタタと走った。右に右にと傾げながら走って、ハボックは窓までたどり着くとカーテンにしがみつく。
「ろーいー」
 と不服そうに見上げてくる空色に苦笑して、ロイは言った。
「バランスの取り方は慣れて貰うしかないな」
 そう言ってロイはハボックに歩み寄ると金色の頭をクシャリと掻き混ぜる。そうすればハボックがハアとため息をついて肩を落とした。


2012/08/12


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