第三十九話


「ハボック」
 ロイはソファーに座り込んでクリスマスプレゼントの手鏡をうっとりと見つめるハボックに声をかける。硝子玉やビーズで飾られた綺麗な手鏡から一時も目を離そうとしないハボックの様子にロイはやれやれと苦笑した。
 ハボックが手にしたそれは、去年のクリスマスの朝にハボックの枕元に置いてあったものだ。ロイがハボックが眠った後でこっそり置いておいたのだが、それを見つけた時のハボックの喜びようはロイが期待していた以上のものだった。まだ寝ていたロイを叩き起こし、手鏡を掲げて走り回り、ピョンピョンと跳ね回る、そのあまりのはしゃぎようにひっくり返って怪我をするのではないかと心配になった程だ。それでもサンタクロースからのプレゼントだと心から喜んでいるのを見れば、ロイもとても幸せな気持ちになってプレゼントしてよかったと思った。
 それ以来手鏡はハボックの一番のお気に入りで、始終手にして眺めている。今も話しかけたロイに見向きもせず手鏡ばかりながめているのを見ると、プレゼントしてよかったと思うと同時にちょっぴり淋しさも感じて、ロイはポリポリと頭を掻いた。
「やれやれ……」
 ロイは一つため息をつくとキッチンへと足を向ける。コーヒーを入れて戻ってきてもハボックはキラキラ輝く手鏡を見つめたままだった。
「ハボック」
 とロイはハボックにもう一度声をかけてみる。だがやはり振り向いてもくれないのを見れば、ロイはもしかしたらあの鏡にはなにか善くないものが憑いているのではと勘ぐりたくなってしまった。
「ハボック」
 ロイはコーヒーをテーブルに置くとハボックに近づく。小さな手からヒョイと手鏡を取り上げればハボックがビックリしてロイを見上げた。
「ろーい!」
「……特に怪しげなところはないか」
 ロイは表を見、裏を見てそう呟く。いきなり手鏡を取り上げられて、ハボックはピョンピョンと飛び跳ねてロイに手を伸ばした。
「ろーいっ、ろーいっ!」
 返してと言うようにハボックはロイの腕を引っ張って訴える。だがロイはもう一方の手に手鏡を持ち替えると、空いた手でハボックの頭を押さえた。
「ろーい〜〜ッ!」
 頭を押さえつけられて、ハボックは怒りで顔を真っ赤にする。ボカボカと両手でロイの腹を叩けば、流石にロイは痛そうに顔を歪めた。
「こら、痛いぞ、ハボック」
「ろーいッ!」
 見下ろしてくる黒曜石をハボックが目を吊り上げて睨む。ハボックのそんな表情は見たことがなくて、ロイはムッと眉をしかめて言った。
「やっぱりこの鏡は善くないもののようだな。私が預かっておこう」
 ロイはそう言うと手鏡を棚の上にしまってしまう。どうやっても手が届かない棚に大事な手鏡がしまわれてしまったのを見て、ハボックの目からポロポロと涙が零れた。
「ろーい〜っ」
 ボロボロと涙を零して泣きじゃくるハボックを見れば、ロイの心もチクリと痛む。暫くの間互いに何も言わずに立っていたが、えぐえぐと泣きじゃくったハボックはロイに背を向けるとテーブルに置いてあった数冊の本に手を伸ばした。小さな手でそれを掴むと床に放り投げる。大事な本が乱暴に投げつけられるのを見て、ロイは慌ててハボックの手を掴んだ。
「こらッ、なんてことするんだ!」
 そう声を張り上げればハボックが涙に濡れた空色の瞳でロイを睨む。
「ろいっ」
 口をへの字にして手にした本を押しつけてくるハボックに、ロイは目を見開いた。
「……私が本にのめり込むのと一緒か」
 ロイはハァとため息をつくとハボックの体を抱き上げる。棚に歩み寄ると手鏡を取り出しハボックに渡した。
「お前があんまりこれにばかり夢中になるからつい、な」
 手鏡にヤキモチなど自分でも情けないがどうやらそうなのだから仕方ない。情けなく眉を下げるロイを見たハボックは、ロイの腕から飛び降りると袖を引いた。
「ハボック?」
 なんだ?と尋ねるロイをハボックはソファーに連れて行く。トンと押してロイを座らせると、その膝によじ登った。
「ろーい」
「ハボック」
 ニコッと笑ってハボックはロイに手鏡を見せる。
「ろーい」
 甘えるように一緒に見ようと誘ってくるハボックにロイはハボックの髪をくしゃりと掻き混ぜた。
「そうだな、一緒に見れば淋しくないな」
「ろい」
「判った、本も一緒に読もうな」
 そう言えば嬉しそうに笑うハボックをロイはギュッと抱き締めると、手鏡のビーズや硝子玉を指差してああだこうだと話しながらのんびりと過ごした。


2013/01/14


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