第三十八話


「ハボック」
 暖炉の前に座り込んだ尻の下に金色の尻尾を敷き込んでオルゴールの音色に耳を傾けていたハボックは、ロイの声に顔を上げる。黒の上質なスーツに身を包み、用意万端何処かへ出かけようという出で立ちのロイに、ハボックは目を見張って立ち上がった。
「ろーい」
 駆け寄ってきたハボックが、一人で何処かに出掛けるのか、自分は留守番かとムゥと唇の端を下げて見上げてくるのを見てロイは苦笑する。その金髪をくしゃりと掻き混ぜてロイは言った。
「心配するな、お前も一緒だよ」
 そう告げればハボックがホッと息を吐く。ロイは手にしていた紙袋をハボックに見せて言った。
「これに着替えたら出かけよう。今日はクリスマスイブだからな、お洒落して散歩に行けばきっと楽しいぞ」
「ろいっ」
 ロイの言葉にハボックが顔を輝かせて紙袋を覗き込む。小さな手を突っ込んで触れた布地をハボックは「んーっ」と引っ張り出した。袋から出てきた白いふわふわのセーターにハボックは目を見開く。物凄く柔らかいそれにハボックはすりすりと頬を擦り寄せた。
「ほら、着てごらん」
 ロイはハボックの前に跪くとハボックが着ているトレーナーを脱がせる。ハボックの手からセーターを受け取ると頭から被せてやった。腕を通し最後に襟元のリボンを結んでやる。リボンの先に真っ白の丸いボンボンがついているのを見て、ハボックが顔を輝かせた。
「ろーいっ」
「ふふ、気に入ったか?お前が好きそうだと思ったんだ」
 ロイは笑いながらそう言うと袋の中から黒のハーフパンツを取り出す。今着ている物と着せ替え、ルームシューズを脱がせるとブーツをはかせた。
「ろい」
ブーツの一番上の留め具の辺りについた共布のリボンを見下ろしてハボックが嬉しそうな声を上げる。クルンと一回りしたハボックが目を輝かせてロイを見上げた。
「ろーいッ」
 キュッとしがみついて喜びと感謝を示すハボックにロイが笑う。体を離して改めてハボックを見下ろしたロイは満足そうに頷いた。
「よかった、サイズもピッタリだな。喜んでくれて嬉しいよ、ハボック」
 可愛いものが大好きなハボックの為に、男の子が着られて尚且つ可愛いものを一生懸命選んできた。嬉しそうに真っ白なセーターを見下ろすハボックを見れば散々悩んで探した苦労が報われたようでホッと息を吐いたロイは、棚の時計を見て慌てて立ち上がった。
「いかん、これで満足してる場合じゃない。行くぞ、ハボック」
「ろーい」
 言ってハボックと一緒に玄関へと向かったロイがコートを着せてやろうとすると、ハボックが首を振って後ずさる。どうやらセーターがコートの下に隠れてしまうのが嫌なようで、両手を背後に回して嫌々と首を振るハボックにロイは眉を顰めた。
「ハボック、コートを着ないと寒いから」
「ろいっ」
 ロイの言葉にもハボックはツンと顔を背けてコートを着ようとしない。やれやれと肩を落としたロイは、ハボックをそのままに二階に上がるとTシャツを持って降りてきた。
「仕方ないな、せめて重ね着しておきなさい」
 ロイはため息混じりに言って一度ハボックのセーターを脱がせ、Tシャツを着せてから改めてセーターを着せる。空色のマフラーを首にしっかりと巻きつけ手袋を嵌めてやった。
「寒かったら我慢せずに言うんだぞ」
「ろい!」
 にっこりと満足そうに頷くハボックの頭を撫でて、ロイはコートを羽織りマフラーを巻き付ける。そうして、ハボックの手を取り玄関の扉を開けた。


 何日か前に出掛けた時と同じようにクリスマス一色の街はキラキラと輝いている。ただ前来たときと違うのは昨日降った雪で街が真っ白に雪化粧していることだった。
「ろーいっ」
 雪をブーツの足で踏みしめて、ハボックが顔を輝かせてロイの手を引っ張る。家々の前に飾られたサンタやトナカイの人形を覗き込み、雪を被ったツリーを見上げてハボックはピョンピョンと飛び跳ねた。
「気をつけないと滑るぞ」
 はしゃぎ回るハボックにロイが笑っていう。案の定何度も足を滑らせたハボックを繋いだ手で支えてやりながら、ロイはハボックの好きにさせていた。
「ろーいっ」
「判った、そんなに引っ張るな」
 急かすように引っ張るハボックに苦笑しながらロイはゆっくりと歩いていく。途中小さな教会から聞こえてきた歌声に、ハボックが驚いたように振り向いた。
「賛美歌だな。みんなで歌ってるんだよ」
 そう言うロイを見上げたハボックは小さな教会に視線を戻す。暫くの間賛美歌に耳を傾けていたが、歌が途切れたのを機会にまたゆっくりと歩き出した。


 先日歩いた商店が建ち並ぶ通りは今日は一層賑やかだ。クリスマスの雰囲気を味わいながら歩いていけば、前と同じにショーウィンドウを覗いて歩いていたハボックが途中、ガラスにベッタリと貼り付いて動かなくなってしまった。
「どうした、ハボック?」
 何があるのだろうとショーウィンドウを覗いたロイは、ハボックの視線が小さな手鏡に向いている事に気づく。硝子玉やビーズで飾り付けられたそれは、キラキラと輝いてとても綺麗だった。
(クリスマスプレゼントにするかな)
 目を輝かせているハボックの顔を見てロイは思う。その時シャンシャンと鳴る鐘の音に、漸くガラスから顔を離したハボックは大きなトナカイを連れたサンタクロースの姿を見て目をまん丸に見開いた。
「メリークリスマス!Ho!Ho!Ho!」
 陽気な笑い声を上げたサンタクロースが背負っていた袋を下ろすとお菓子が詰まったブーツを配り始める。
「貰っておいで」
 促すロイの言葉に頷いてサンタに駆け寄るハボックを見送って、ロイは素早く店に駆け込むと手鏡を買い求めた。そうしてハボックが帰ってくる前にさり気なく通りに戻る。
「ろーいっ」
「お、可愛いブーツだな」
「ろいっ」
 貰ったブーツを嬉しそうに掲げて見せるハボックに頷いて、ロイはハボックの手を引いて歩き出した。
「どうする?この間のスケートリンクに行くか?」
「ろい」
 尋ねれば頷くハボックに、ロイは大きなツリーがあるスケートリンクに足を向ける。滑って遊ぼうと思ったリンクは、だが丁度クリスマスのショーをやっているところだった。
「ろーいっ」
 白い衣装に身を包んだ雪の精や銀のドレスも美しい雪の女王、輝く甲冑をつけた冬将軍や赤い衣装のサンタクロース。リンクの上でクルクルと回ったり飛んだりする彼らの姿にハボックは顔を輝かせる。楽しい曲と共にショーを楽しんで、ハボックはうっとりとため息をついた。
「ろーい!」
「うん、楽しいショーだったな」
「ろいっ」
 ロイの言葉に頷いてハボックは雪の精を真似てクルクルと回る。パッとポーズを決めたハボックが次の瞬間クシャンとくしゃみをした。
「大分冷えてきたな」
 ロイは言ってハボックのマフラーを巻き直してやる。
「ケーキを買って帰ろう、ハボック」
「ろーいー」
 帰るという言葉に不服そうな顔をするハボックの頭をロイはポンポンと叩く。
「クリスマスケーキは凄く可愛いぞ、見てみたいだろう」
 片目を瞑ってそう言えばハボックが目を見開くのを見て、ロイはハボックの手を取った。
 路地を入った小さな洋菓子店にロイはハボックを連れて行く。お気に入りの洋菓子店のドアを開けながらロイが言った。
「好きなのを選んでいいぞ」
 そう言えばハボックが早速ショーケースを覗き込む。綺麗にデコレーションされたケーキの数々にハボックが目をまん丸にした。
「どれがいい?」
 そう聞かれても目移りしてしまうらしくハボックはなかなか決められない。それでも散々迷って二つまで絞り込んだハボックが、強請るようにロイを見上げた。
「ろーい?」
「勘弁してくれ」
 甘いものは好きだが、いくらなんでもホールケーキ二つを一人で食べるのはキツすぎる。眉を下げて言うロイにハボックは残念そうにため息をつくと、もう一度しげしげとケーキを見つめた。
「ろーい」
 悩みに悩んでハボックが指差したのはイチゴで囲んだ真ん中にチョコで出来た家や砂糖菓子のサンタが飾ってあるものだ。生クリームベースのそれは可愛らしいと同時に美味しそうで、ロイは頷くと店員に言った。
「これを頼む」
「ありがとうございます」
 にっこりと笑った店員がショーケースからケーキを取り出し箱に詰める。代金と引き換えにケーキを受け取って店を出ようとすれば、店員が呼び止める声がした。
「はい、これ。プレゼントよ」
 そう言って店員がハボックに差し出したのは飴細工のツリーだ。ハボックは嬉しそうに笑って受け取ると、飴細工を店の灯りに翳した。
「ありがとう、悪いね」
「いいえ。メリークリスマス」
 笑って言う店員に同じ言葉を返して、ロイは店を後にする。途中クリスマス用のチキンやサラダの詰め合わせを買うと、大分冷え込んできた通りを雪を踏みながら家に戻った。
「さあ、クリスマスパーティーするぞ」
 テーブルの上に買ってきたチキンやケーキを広げてロイが言う。とっておきのワインを開け、ハボックの為には綺麗なグラスに井戸の水を注いで二人はチンとグラスを合わせた。
「メリークリスマス!」
「ろーい!」
 言葉を交わしてグラスを飲み干すとにっこりと笑いあう。貰ったブーツや飴細工を嬉しそうに眺めるハボックを見ながらチキンやサラダを食べたロイは、最後に残ったケーキのロウソクに火をつけた。パチンと部屋の灯りを消せばロウソクの灯りが幻想的に浮かび上がる。ロウソクの焔を空色の瞳に映すハボックの頭をロイはそっと撫でた。
「ありがとう、ハボック。お前がいてくれてとても嬉しい」
 あの日古い屋敷に住みついていた黒い毛糸玉と出会わなかったら、今頃自分はどうしていたのだろう。
「ありがとう、ハボック」
 ハボックこそ自分に与えられた最高のプレゼントだとロイは思う。
「ろーい」
 撫でる手にハボックが嬉しそうに頬を擦り付けて笑うのを見れば、ロイの心にケーキの甘い香りと共に優しい焔が灯った。そうして。
 柔らかいクッションの寝床で白いセーターを抱き締めて眠るハボックの枕元にロイは手鏡の包みを置いてやる。翌朝、サンタが来たと大喜びするハボックの姿を思い描きながら、ロイは幸せな眠りについた。


2012/12/25


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