第三十六話


「ハボック、ここにいたか」
 リビングに設えたクリスマスツリーの下に腹這いに寝そべって、ツリーに飾った釣り用のオレンジ色のウキや貝殻を満足げに眺めていたハボックはロイの声に肩越しに振り向く。ロイはツリーの側まで来ると、ハボックを見下ろして言った。
「後でちょっと出かけないか?見せたい物があるんだ」
「ろーい?」
 そう言われてハボックは体を起こすとロイの方を向いて正座する。尋ねるように首を傾げて見上げてくる空色に、ロイは笑って言った。
「何を見に行くのかって?それは行ってからのお楽しみだ」
 悪戯っぽく片目を瞑って見せるロイに、ハボックが手を伸ばしてシャツの裾を掴む。
「ろーい〜」
「ははは、強請っても駄目。行く前から判ってたらつまらないだろう?」
 内緒だ、内緒、と言うロイにハボックはムゥと頬を膨らませる。そんなハボックの頭をポンポンと叩いて、ロイは棚の上の時計を見た。
「飯にするにはまだ早いな……少し本でも読んでからにするか」
 ロイはそう呟くとソファーに腰掛け本を広げた。忽ち本に没頭するロイを、ハボックは心配そうに見つめる。ハボックは暫くの間ロイの事を見ていたが、何を思いついたのかリビングを出て行ってしまった。
 コチコチと時計の音だけが響く中、時折ロイがページを繰る微かな音がする。例によって本に夢中になっていたロイは、不意に響いた大きな音に驚いて本から顔を上げた。
「なんだ?――ハボックっ?」
 部屋の中を見回せばハボックの姿がない。ロイは本を放り出すとリビングから飛び出した。
「ハボック!」
 音は確かキッチンの方から聞こえた。まさか誰かが入り込んできたのかと、ロイはバンッと扉を叩き開けてダイニングからキッチンへと飛び込んだ。
「ハボッ……っ、――――え?」
 キッチンの床の上、ハボックが飛び散った粉に塗れて座り込んでいる。側には大きなボウルが転がっていて、どうやらさっきの大きな音はこれが落ちた音のようだった。
「ろーいー……」
 飛び込んできたロイにハボックがすまなそうな声を上げる。ロイは床にばらまかれた粉を指先につけて舐めてみた。
「ホットケーキ?」
 ダイニングを見ればテーブルの上に皿やフォークが並べてある。どうやら早く出かけたくて、ロイの代わりに食事を作ろうとしたらしかった。
「私の為にホットケーキを焼いてくれようとしたのか?」
 この間の日曜日、ハボックにクマの顔の形のホットケーキを焼いてやった。食べる事は出来なくてもその甘い香りと可愛い形にハボックは大喜びしたのだが、見よう見まねで作る気だったようだ。しょんぼりと床に座り込むハボックの頭を撫でてロイは言った。
「私が本なんて読み出したから代わりに作ってくれようとしたんだな。ありがとう、ハボック」
「ろーい……」
 にっこりと笑って見せればハボックがロイにしがみついてくる。ロイはハボックの背をポンポンと叩くと、髪や服についた粉をはたき落してやり片手にハボックを抱いて散らかった粉を片付けた。
「よし、じゃあ急いで食べて出かけるか。ハボック、冷蔵庫からチーズと牛乳を出してくれ。今からホットケーキを作るんじゃ時間がかかるからパンでいいだろう」
「ろいっ」
 ロイの言葉に頷いてハボックはロイの腕から飛び降りると冷蔵庫からチーズと牛乳のパックを取り出す。チーズをロイに渡すと牛乳はダイニングに運び、椅子に登って慎重にグラスに注いだ。その間にロイはチーズを薄く切ってパンに載せて焼く。あり合わせの野菜で作ったサラダとさっと炙ったハムで簡単に腹を満たすと、ロイは汚れた皿をシンクに突っ込んだ。
「ろーい?」
「ん、片付けは帰ってからするさ。さあ、待たせたな、ハボック。行こうか」
 そう言えばハボックが期待にパッと顔を輝かせる。寒くないようコートとマフラー、手袋て身を固めて、二人は夜の街へと出かけていった。


2012/12/06


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