第三十四話


「ろーい」
「ん……」
 小さな手でユサユサと揺すられて、ロイはうっすらと目を開ける。そうすれば薄暗い寝室の中、ハボックがベッドにしがみつくようにしてロイを覗き込んでいることに気づいた。
「夕べ遅かったんだ、もう少し寝かせてくれ……」
 例によって例のごとく本を読んでいて夜更かししたせいで、まだベッドに入ってから二時間と経っていない。ロイはモゴモゴ言って寝返りをうつと二度寝を決め込もうとした。だが。
 ブランケットから覗いたロイのパジャマの襟元からツルリと何かが中に落とされる。その冷たい感触に、ロイは悲鳴を上げて飛び上がった。
「ウヒャアッ!冷た……っ、な、なんだッ?」
 ベッドに座り込んでロイは肩越しに背中を見ようとしながらパジャマの裾をパタパタと揺する。そうすれば背中から薄べったい氷がポトンとブランケットの上に落ちた。
「氷?こんなもの一体どこから……」
 指先で摘んだ氷はとても薄くて体温だけで瞬く間に溶けてしまう。指先を濡らす水になってしまったそれを軽く手を振って払うと、ハボックがその手を引っ張った。
「ろーいっ」
「判った、判った。今起きて着替えるからちょっと待ってくれ、ハボック」
 流石にパジャマ一枚でウロウロする気にはなれず、ロイは言う。そうすればベッドから降りようとするロイの手を離して、ハボックはロイをじっと見つめた。
「見張ってなくても二度寝はしないよ」
 前科のあるロイは苦笑しながら言う。ハボックはロイの事をジーッと見つめたと思うとパタパタと走って寝室から出ていってしまった。
「やれやれ」
 ロイはフワァと欠伸をすると洗面所に向かう。眠気を覚まそうと冷たい水で顔を洗いモタモタと着替えていると、閉めた鎧戸の向こうから声が聞こえた。
「ろーいー」
「待て待て」
 ロイは呟きながら窓に歩み寄り鎧戸を開ける。入り込んできた冷たい空気に首を竦めながら窓から身を乗り出すようにして見下ろせば、ハボックが窓の下でこちらを見上げていた。
「今行くよ、ハボック」
 そう言ってロイは窓を閉め下に降りる。庭に出てぐるりと回ってハボックがいた辺りにくるとキョロキョロと見回した。
「ハボック」
「ろーい」
 呼べば金色の頭がひょこっと覗く。
「そこか」
 庭木の枝を押しのけるようにして間に分け入れば、しゃがみ込んだハボックがロイを見上げた。
「さっきの氷はここから持ってきたのか」
 ハボックの足下には使われないまま放り出されていた植木鉢が幾つか転がっている。昨日降った雨が植木鉢の中に溜まり、今朝の冷え込みで薄く凍ったのだった。
「まだまだ冬なんて暦の上の事だと思っていたんだが」
 どうやら思っていたよりずっと早く季節は巡っていたらしい。
「ろーい」
 ハボックが小さな指で摘んだ薄い氷を朝日に翳して見せる。
「キラキラだな」
「ろーいっ」
 冬の訪れを知らせるように、ハボックの指先で氷が朝日にきらきらと煌めいた。


2012/11/07


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