第三十話


「向こうに行っている間にこちらも大分涼しくなったな」
 ロイは開け放った窓に手をつき、体を乗り出すようにして空を見上げながら言う。コテージにいる間は朝、部屋が徐々に明るくなる事に慣れていたハボックは、いきなり鎧戸が開いて朝の光が射し込んできた室内に、苦情の声を上げた。
「ろーい〜」
「ああ、すまん。うっかりしていた」
 いつもは声掛けしてから開けていたのを久しぶりの我が家ですっかり忘れていた。クッションに潜り込むハボックにロイは窓の外を見ながら言った。
「ハボック、上から見ると庭の木も色づいてきたぞ。見てみろ」
 だが、ロイが誘ってもハボックは出てこない。ロイはやれやれとため息をつくと、ハボックをそのままに寝室を出た。キッチンでコーヒーをセットしてから旅行中にたまった洗濯物を洗濯機に放り込む。それから手早く一人分の朝食を用意し新聞片手に食べていると、漸くハボックが起きてきた。
「おはよう、ハボック」
「ろーい……」
 ハボックは眠そうに目をこするとトテトテとロイに歩み寄り、ロイの膝にぽすんとぶつかるように縋りつく。そのまま目を閉じてしまうハボックにクスリと笑ったロイが何か言おうとする前に、玄関からドンドンと扉を叩く音がした。
「なんだ?」
 驚いて犬耳をピンと立てたハボックが不安そうにロイにしがみつく。ロイは安心させるようにハボックの髪を撫でて立ち上がった。
「ここにいろ、ハボック。それから耳と尻尾はしまっておけよ」
 短く指示だけ与えてロイはドンドンと叩く音が響く玄関に向かう。蘇ってくる記憶を追い出し乱暴に扉を開けた。
「煩いぞ、一体何の用――――ヒューズ」
 開けた扉の向こう側に立つのが見慣れた友人の姿と気づいてロイは目を瞠る。
「一体どうしたんだ、ヒューズ。朝っぱらから随分と騒がしい登場だな」
 いつでも賑やかなヒューズではあるが、それにしても今朝のこれはいただけない。ロイは不快感も露わに尋ねたが、ヒューズはそれを上回る不機嫌なオーラを纏ってロイを睨んだ。
「よくも俺を仲間外れにしたなっ、ロイ!」
「は?」
 唐突にそんな事を言われてロイが訳が判らないといった顔をする。ヒューズはそんなロイにズイと顔を寄せて言った。
「仕事を終わらせるからと言ったのに俺をおいて出かけた上に、旅行先も告げないなんて……ッ」
「ああ、なんだ、そんな事か」
 一体何事かと思えばヒューズが言うことを聞いて、ロイは肩を竦める。怒りの理由を“そんな事”の一言で片づけられてヒューズはすわと目を吊り上げた。
「そんな事だとぅッ!ハボックちゃんの初めてのバカンスだったんだぞッ、俺だって、俺だって一緒に行きたかったのにーッ!」
 襟首を掴んで喚き立てる髭面にロイはうんざりとため息をつく。その時、リビングの扉が開いて、不安げなハボックの顔が覗いた。
「ろーい……?」
「ハボック、大丈夫だ。何も心配ない、――――ヒューズ、いい加減にしろ、ハボックが不安がってるだろうがッ」
 ゴンッと拳固でヒューズの頭を殴れば襟首を掴んでいた手が緩む。ヒューズは殴られた頭をさすりながらハボックの方を見た。
「ハボックちゃぁんッ」
 ヒューズはロイを突き飛ばして家の中に駆け込む。その勢いにビックリしながらも、ハボックはやってきたのがヒューズだと判ると扉の陰に隠れるようにしてニコッと笑った。
「ろーい」
「ハボックちゃんっ」
 ヒューズはハボックの前にしゃがみ込むと小さな手を握り締めて言った。
「酷いよなっ、ハボックちゃんもそう思うだろ?俺を置いていくなんてロイの奴、俺とハボックちゃんが仲良しだからヤキモチ妬いてんだぜ」
「誰がヤキモチなんて妬くか。馬鹿者」
 玄関を閉めて中に戻ってきたロイがヒューズを睨んで言う。そんなロイを見上げてヒューズは言った。
「ヤキモチじゃなければ俺に旅行先を教えていったろ?なぁ、ハボックちゃ――――あれっ?ちょっと、ハボックちゃんっ?」
「ろーいっ」
 ハボックは戻ってきたロイに手を伸ばすとギュッとしがみつく。
「すまんな、ヒューズ。どうやらハボックも私と二人で出かけたかったらしいぞ」
 しがみついて頬を擦り寄せてくるハボックの髪を撫でながらロイが勝ち誇ったように言えば。
「そんなぁッ、ハボックちゃあんッ!」
 ヒューズが情けない声を上げた。


2012/10/15


→ 第三十一話