第二十九話


「んーっ」
 と、ロイはうっすらと明るくなった巣の中で伸びをする。隣を見ればハボックが小さく丸まってぴすぴすと寝息をたてていた。
「朝だぞ、ハボック」
 ロイはそう言いながら金色の髪に埋もれる犬耳をつんつんと引っ張る。そうすればハボックがむずかるようにフサフサの尻尾でロイの腕を叩いた。
「……癖になってるな」
 ロイはそう呟いてため息をつく。家に戻ったらちゃんとしまっておくようにさせなくてはと思いつつ、ロイは起きようとしないハボックの上にドサッと覆い被さった。
「さっさと起きないと潰すぞ」
「ろー、いっ」
 眠っていたところを小さな体の上に圧し掛かられてハボックが悲鳴を上げる。ロイの体とシーツの間でジタバタともがいたハボックは次の瞬間ポンッと黒い毛糸玉に姿を変えた。
「あっ」
 驚いたロイが体を浮かした隙間から毛糸玉がスススと滑って抜け出す。ロイの手が届かないところまで逃げると毛糸玉は再びポンッと跳ねて男の子の姿になった。
「ろーいッ」
「ははは、おはよう、ハボック」
 プクーッと頬を膨らませるハボックにロイは笑って答える。床に座り込んで恨めしげに見上げてくるハボックの金髪をポンポンと叩くと、ロイは顔を洗って着替えた。
「下りるぞ」
 肩越しにそう言いながら部屋を出ればハボックが慌てて追いかけてくる。急な階段を下りれば夕べ食べた魚のグリルの匂いが微かに残っていて、ロイは昨日の夕食を思い出して笑みを浮かべた。
「昨日の魚は旨かったな。お前にも食べさせてやりたかったよ、ハボック」
 冷蔵庫から取り出したウィンナーとジャガイモを切りながらロイが言えば、ハボックが小首を傾げる。フライパンでサッと炒める間に、ハボックがコップに牛乳を注ぎ、パンとリンゴをテーブルに運んでくれた。
「働き者だな、ハボック」
 ありがとうと言うロイにハボックが嬉しそうに笑う。ロイは炒めたものを皿にあけるとそれを手にリビングのソファーに腰を下ろした。
「お前の水は?」
 ロイが聞いたがハボックはソファーによじ登ると小さく丸まってしまう。いらないと言うように尻尾を振るハボックにロイはパンをかじりながら言った。
「嫌いと言わずに少しは飲まないと、体に良くないんじゃないか?」
 正直生き物としてのハボックがどういう存在なのか判らない為、唯一の食料である水をどの程度取らずにすむのか判らない。ロイはため息混じりにハボックの髪をクシャクシャと掻き混ぜた。
「頼むからいきなり倒れたりするなよ?」
 ロイがそう言えばハボックがロイの手に頭を擦り付ける。にっこりと笑って見せるハボックの頭をポンポンと叩くと、ロイは食事に集中した。
 ロイが食事を済ませると二人は外へと出かけていく。綺麗な花を摘んだり木登りしたり、爽やかな風の中チョロチョロと走り回るハボックについてまわれば結構な運動になって、ロイはやれやれと足を止めて道端の切り株に腰を下ろした。
「ろーい」
 それを見たハボックが戻ってくるとロイの手を引っ張る。そんなハボックにロイが待て待てと苦笑して訴えれば、ハボックはロイの膝によじ登った。ロイに寄りかかるようにしてハボックが歌い出した調子っぱずれの鼻歌が、懐かしい天使の時計の曲だと気がついてロイは笑みを浮かべる。懐かしい歌が吸い込まれていく空を見上げて、二人はのんびりと風に吹かれた。


 夕飯を済ませるとロイはソファーの上でボート小屋の係の男に貰ったオレンジ色のウキを眺めているハボックに声をかける。ハボックはウキを大切にカバンの中にしまうとロイの後を追って外に出た。
「ろーい?」
「こっちだ、ハボック」
 キョロキョロとしているハボックにロイが声をかける。パタパタと走り寄ってきたハボックにロイは言った。
「ハボック、花火をしよう」
 そう言われてハボックは尋ねるように首を傾げる。ロイはロウソクに火をつけると袋の中から花火を取り出してハボックに見せた。
「これにロウソクで火をつけるんだ。見てろ」
 ロイは言って花火の先をロウソクに近づける。少し待てば花火の先端からシュッと火花が散って、パチパチと色鮮やかな焔が噴き出した。
「どうだ、綺麗だろう?」
「ろーいっ、ろーい!」
 パチパチと弾ける焔にハボックが目を輝かせる。その身の半分程を燃やして花火が消えると、ロイは用意したバケツに燃えかすを突っ込んだ。
「ろーい〜っ」
「判った、判った、やらせてやるから」
 腕にぶら下がってやりたいと主張するハボックにロイは笑って新しい花火を取り出す。ハボックに持たせると小さな手を上から握り、ロウソクに花火を近づけた。
「先っぽにつけるんだ。焔に押しつけすぎるとロウソクが消えてしまうからな」
「ろいっ」
 コクンと頷いてハボックは花火を見つめる。シュッと火花を散らした花火がパッと燃え上がれば、ハボックは歓声を上げた。
「ろーいっ」
「上手いぞ、ハボック」
 手を離してロイが言えばハボックが嬉しそうに笑う。手にした花火でクルリと円を描けば闇の中に焔が輪を描くのを見て、ハボックは喜んで尻尾をパタパタと振った。焔が小さくなって消えてしまうとハボックはロイがしたようにバケツに燃えかすを入れる。強請るように見上げてくる空色にロイが新しい花火を渡せば、ハボックはいそいそと花火をロウソクに近づけた。
「よし、一緒にやるぞ」
 ロイは言って花火を手にするとハボックと一緒にロウソクに近づける。ハボックの花火が燃えだしたのに一瞬遅れてロイの花火にも火がつき、二人は一緒になって闇の中に花火を翳した。
「ろーいッ」
「ハボック、顔が赤や緑になってるぞ」
「ろぉいー」
 焔の色を映して顔の色が変わるのを見てロイが言うと、ロイも同じだとハボックが言う。次々と花火に火をつけては闇に焔の花を咲かせて、二人は大声で笑いあった。
「さて、ハボック。最後の締めはコイツだ」
 手持ちタイプの花火を全て終えると、ロイは最後に袋に残っていた筒を取り出す。ハボックを少し下がらせると、倒れないように筒を地面に立てた。
「危ないから離れて見てるんだぞ」
 ロイは一言言ってからロウソクを手に取る。導火線に火をつけるとハボックの側まで下がった。
「見てろ、ハボック」
 ロイの言葉にハボックは息を詰めて筒を見つめる。ジジジと導火線を伝った火が筒に辿り着いたと思うと、シューッと音が聞こえてきた。最初は小さかった音が大きくなるのに合わせるように筒の先端から火花が出てくる。やがて火花は焔の噴水になって筒から高く上がった。
「ろーいッ!」
 シュワーッと音を立てて焔の噴水が夜闇に浮かび上がる。高く噴き上がる噴水をハボックはまん丸に見開いた目を輝かせて見上げた。
「ろーい!」
「うん、綺麗だな」
 ロイの袖口を引っ張って言うハボックにロイが頷く。高く上がっていた焔が徐々に小さくなっていくのを見てハボックが残念そうな顔をした時、筒の先端からなにかがシュッと飛び出した。
「ろーいっ?」
 空に向かって飛び出したそれが一番高く上がったところでポンと開く。フワフワと揺れながら落ちてきた落下傘をハボックは手を出して受け止めた。
「ろーい!」
「よかったな、ハボック」
 手にした落下傘を嬉しそうに見せるハボックの頭をロイはポンポンと叩く。ハボックはその手に柔らかい頬を擦り寄せた。
「ろーい」
 ありがとうと言う代わりに名を呼ぶハボックに、ロイは嬉しそうに笑った。


2012/10/09


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