| 第二十八話 |
| 「いいか、ハボック。針にこのイクラをつけて湖に垂らすんだ」 ロイはそう言ってイクラを二粒針につける。真剣な眼差しで見つめてくるハボックをチラリと見て竿を構えた。 「こうやって」 と、ロイは軽く竿を振る。そうすればヒュッと糸が空を切ってエサをつけた針先が少し離れた湖面にポチャリと落ちた。 「こんな感じ。まあ、お前だったら振らないで垂らせばいいよ」 「ろーいっ」 ロイは言ったが、やはりああやって竿を振るのは格好よく目に映ったのだろう。ハボックは目をキラキラと輝かせる。そんなハボックにロイは笑みを浮かべて言った。 「あのオレンジ色の、浮いてるだろう?ウキって言うんだが魚がかかるとあれがグッと水の中に引き込まれるから、そうしたら竿を引く」 「ろーい……」 ロイの説明にハボックが首を傾げるのを見て、ロイは金色の頭をポンポンと叩いた。 「聞くよりやった方が判るよ」 ロイは言って手にした竿を渡そうとする。だがハボックはふるふると首を振るとボートの底に寝かせてあるもう一本の竿に手を伸ばした。 「ろーいっ」 「そうだな、最初からやりたいよな」 「ろいっ」 ハボックはコクンと頷くとエサ箱に手を伸ばす。恐る恐るイクラを摘むと針に近づけ、じっと針先を見つめて慎重にイクラをつけた。ふーっと息を吐いてハボックは釣竿を構える。 「ろーい!」 ハボックはかけ声と共に竿を振った。 「うわッ」 すぐ横で上がった悲鳴にハボックが見れば、ハボックが振った針がロイのシャツの襟に掛かっていた。 「ハボック、私を釣らんでくれ」 「……ろーい」 申し訳なさそうに首を竦めるハボックに、ロイは苦笑して襟から針を外す。ハボックは今度はそっと小さく竿を振った。針先がポチャンと水面に落ちればハボックがロイを見る。 「上手いぞ。そうしたら後は魚がかかるのを静かに待つだけだ」 そう言われてハボックは神妙な顔で竿を構えて水面を見つめた。そのまま待つこと数分、ロイが持つ竿のウキがピクリと動く。次の瞬間オレンジのウキが水に潜るのを見て、ロイは竿を引いた。沈んでいた針先が水を撒き散らして出てくる。そこに食いついた魚が銀色の鱗に太陽の光を弾いて尾を振るのを見て、ハボックが目を輝かせた。 「ろーいっ!」 「よしっ」 ロイは糸を手元に引き寄せて持つと釣った魚をハボックの目の前に翳す。 「どうだ、大物だぞ」 「ろーいっ、ろーいっ」 魚が釣れたのを見てすっかり興奮したハボックが、いつの間にやら出した尻尾をパタパタと振った。 「尻尾出てるぞ」 ロイが苦笑して言えばハボックが「あれ?」という風に背後を見る。チラッと見る空色の瞳にロイはため息をついて言った。 「甘やかすとクセになるんだがな」 そう言いながらも引っ込めろとは言わないロイにハボックがニコッと笑って竿を構え直す。ロイも魚を針から外し魚籠に入れるとエサをつけて糸を垂らした。 「次はお前の番だな」 「ろいっ」 言われてハボックはむんと竿を握り直す。当たりがくるのを今か今かと待っていたのだが。 「お」 クンと竿を引かれるのに合わせてロイが竿を上げれば魚がピチピチと尾を振って上がってくる。五匹目の魚を魚籠に入れながらロイはハボックをチラリと見た。最初のうちはワクワクした様子で糸を垂れていたハボックだったが、今ではすっかり難しい表情だ。眉間に皺を寄せ口をへの字にしているハボックを見てロイは言った。 「ハボック、場所を変わろうか?」 さっきから一度も当たりの来ないハボックにロイが言う。 「数十センチ場所が違うだけで当たりが来たり来なかったりするから」 だがハボックはロイの言葉を遮るようにふるふると首を振った。 「ろーい」 「そうか、判った。頑張れ」 もう少しここで頑張ると主張するハボックにロイは頷く。ハボックはギュッと竿を握るとじっと水面を見つめた。 静かに釣り糸を垂れていれば湖の上を風が吹き抜け湖面に漣がたつ。それに合わせてウキも揺れて水中に沈んだ針も揺れているだろうと思えた。そうして二人は無言のまま時折吹き抜ける風に髪を揺らして竿を構え続ける。ロイの竿にも当たりがこなくなって、ロイが少しボートを動かそうかと思った時。 ハボックの犬耳がピクンと動く。それとほぼ同時にピクリと動いたウキがグッと水面に引き込まれた。 「ろいッ」 「来たか、ハボックっ」 掛け声を掛けて竿を引くハボックに、ロイが自分の竿を放り出して身を乗り出す。ハボックは背後に体重を掛けるようにして全身で竿を引いた。 「頑張れっ、魚が見えてきたぞ!」 「ろぉいーーッ!」 ハボックが渾身の力で竿を引いた次の瞬間。 パアッと水を撒き散らして大きな魚が姿を現した。 「ろーいっ」 勢い余って背後に倒れ込むハボックの竿を、ロイが飛びつくようにして支える。竿の先から垂れる糸にぶら下がった魚を見て、ロイが声を張り上げた。 「やったぞ、ハボック!今日一番の大物だ!」 「ろーいッ!」 ボートの中でひっくり返っていたハボックが体を起こして釣った魚を見上げる。ピチピチと尾を振ってキラキラと太陽の光に輝く銀色の魚に、ハボックが空色の瞳を大きく見開いた。 「ろーいッ、ろーいーッッ!」 ピョンピョンと狭いボートの中を飛び回ってハボックが大喜びする。 「やったな、ハボック、凄いぞ!」 「ろーいっ」 笑って差し出すロイの手にハボックがハイタッチして尻尾を振った。 「ろーい!ろーい!」 「ハボック」 バンザーイとばかりに両手を上げて大喜びするハボックと凄いと褒めるロイの笑い声が、風に乗って湖の上を流れていった。 2012/10/04 |
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