第二十四話


 ろーいと叫んで抱き付いてきた小さな体をロイはしっかりと抱き締める。こうしてハボックの無事を確かめれば、全身から力が抜けるような気がした。
「まったく……っ、心配かけて」
「ろーいー」
 なみだでぐしょぐしょになったハボックの顔をロイは手のひらで拭ってやる。濡れた頬を擦り寄せてくるハボックの背を優しく撫でてやっていれば、不意に声が聞こえてロイは顔を上げた。
「ローイさん?」
 そう声をかけてくる相手をロイは見上げる。さっきハボックの事を抱きかかえていたのが目の前の少年だと気づいたロイは、その少年を以前見かけた事を思い出した。
「ロイだよ、確か駅で会ったな。そうか、君が連れてきてくれたのか」
 ロイはハボックを片手に抱いて立ち上がるともう一方の手を差し出す。
「ジョーイです。林の中で泣いてたから」
「散歩に出たんだがはぐれてしまってね。よかったよ、君が見つけてくれて。ありがとう、ジョーイ」
 ロイは差し出されたジョーイの手を感謝の気持ちを込めてギュッと握る。照れくさそうに笑ったジョーイはロイにしがみついているハボックを見て言った。
「その子、ハボックって言うんですね。名前聞いてもローイとしか答えないから」
 勝手に名前つけちゃったと笑うジョーイにロイは苦笑する。
「この子は人と接するのが苦手でね。私としか口をきかないんだ」
「そうなんですか」
 ロイが言うのを聞いて、ジョーイはあからさまにがっかりした顔をする。ロイにしがみついたきり自分の事は見向きもしないハボックをじっと見つめたが、一つため息をついて言った。
「それじゃあ俺、帰ります」
「大したものはないが、朝飯一緒に食っていくか?」
「いえ、母さんが待ってるから」
 ジョーイはそう言うとロイにぺこりとお辞儀をして背を向ける。ちょっぴり悲しいような淋しいような気持ちがしながら歩き出せばタタタと軽い足音がして、背後からシャツが引っ張られた。
「ラビ――じゃなかった、ハボック」
 振り向けばハボックが立っていて泣いてまだ少し潤んだ瞳でジョーイを見つめる。なに?と小首を傾げるジョーイに、ハボックは持っていた花を一輪ジョーイに差し出した。
「くれるの?」
 尋ねればにっこりと笑うハボックにジョーイの顔にも笑みが浮かぶ。ありがとうと花を受け取ってジョーイは言った。
「今度はゆっくり遊ぼうな、ハボック」
 ジョーイはハボックの金髪を撫でると今度こそ帰ろうと歩き出す。チラリと振り向けばロイと並んだハボックが薄の穂を振っているのが見えて、なんだか嬉しくなって大きく手を振り返したジョーイは今来た道を駆け戻っていった。


「やれやれ」
 ジョーイの姿が見えなくなるとロイは大きなため息をつく。ロイのシャツの裾を握り締めて見上げてくるハボックを見下ろして言った。
「まったく、ちょっと散歩のつもりがやけに疲れたぞ」
 ロイはハボックの側にしゃがみ込んで金髪をかき上げる。じっと見つめればすまなそうな表情を浮かべたハボックが、ごめんなさいと言うようにロイにしがみついた。
「ろーい〜」
「判ったならいい。もう一人でどっかに行くんじゃないぞ。あと、これもな」
 そう言うロイにウサギの耳を引っ張られてハボックが首を竦める。うにょんと伸びていたウサギの耳が震えたと思うと、スススと縮んでいつもの犬耳になった。ハボックの金髪をくしゃりと掻き混ぜたロイは立ち上がり玄関に向かう。脚にしがみついてくるハボックを抱き上げて玄関の鍵を開け中に入ると、ロイは言った。
「風呂に入って汗を流したら寝ないか?ホッとしたら眠たくなってきた」
「ろーい……」
 欠伸混じりにそう言えばハボックが答えて眠そうに目をこする。二人は朝の光が射す露天風呂で汗を流すと二階に上がり、シェードを下ろした寝室の巣の中で寄り添って眠ったのだった。


2012/09/20


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