第二十三話


「ハボック!聞こえたら返事をしろ!」
 ロイは大声で呼びながらハボックの姿を探す。湖の畔を駆けていけば湖岸にボートが何艘も繋いであるのが見えて、ロイはボートに近づいた。
「まさか乗ろうとして湖に落ちたりしてないだろうな」
 もう一度乗りたがっていたハボックが、見つけたボートに喜んで一人で乗ろうとする姿が脳裏に浮かぶ。足を滑らせ湖に落ちたハボックが湖底に向かって沈んでいくというとんでもない想像を頭の中から締め出して、ロイは必死にボートの中を見て回った。
「くそ……ッ」
 暫く探してここにはいないようだと判ると、ロイは湖岸を離れ元来た道を戻っていく。林の中を辺りを見回して歩きながら声を張り上げた。
「ハボック!どこだ、ハボック!!」
 大声で呼んでも返る答えはない。ガサリと音がして慌てて振り向けば、野ウサギがヒクヒクと鼻を動かしながらロイを見て、叢にピョンと飛び込んで行ってしまった。
「ウサギが嫌いになりそうだ」
 大人気ない八つ当たりだと判っていてもロイはウサギが消えた方を睨みつけてそう呟く。ロイは少し迷ってからウサギの後を追うようにして、道から外れて木々の間に分け入った。
「天使の飾りを渡さない方がよかったか……?」
 今のハボックの依代である小さな天使の飾り。ハボック自身が持っていた方が自由に動けるかと持たせてしまったが、ロイが持っていれば一定の距離以上離れる事はなかったかもしれない。
「今言っても始まらん」
 ロイはため息をつくとハボックの小さい体を草や木々の間に探す。だが、幾ら探してもハボックは見つからず、時間がたつにつれてロイの中に焦りと不安が膨れ上がっていった。
「まさかまたキメラと誤解されて」
 そんな考えがふと浮かべばかつての記憶が蘇る。ハボックをロイが生み出したキメラと思い込んだ連中にもみくちゃにされて泣き叫ぶハボックの姿。屋敷の外へ連れ去られそうになった時は、小さく萎んで消えてしまいそうになった。そんな事が重なってロイはハボックを守ろうと、ハボックを一人おいて屋敷を去ることになったのだ。そして。
「あんな思いは二度とごめんだ」
 食いしばった歯の間から呻くようにロイは呟く。ロイは激しく首を振って嫌な考えを全て追い出すと、ハボックを探して駆けていった。


「あそこだ!」
 繋いだ手を握り締めて走っていたジョーイは、木々の間に見え隠れする別荘を見つけて声を上げる。間もなくして別荘の前に出れば、ラビがジョーイの手を振り払うようにして別荘の玄関に向かって走っていった。
「ろーいッ」
 ラビは玄関の扉を小さい手でドンドンと叩く。後から駆けてきたジョーイがノブを回して扉を開けようとしたが、ガチッと鍵が音を立てて扉は開かなかった。
「まだ戻ってないんだ」
 ジョーイがそう言うのを聞いているのかいないのか、ラビは別荘の周りを駆け回る。一生懸命探しても求める姿がないと判ると、ラビはゆっくりと足を止めた。
「ろーい……」
 ポロポロと泣き出すラビの側に駆け寄ってジョーイはその顔を覗き込む。
「まだ帰ってきてないんだ。きっとラビの事探してるんだよ。大丈夫、待ってれば帰ってくるから」
 ジョーイがそう言ってもラビは泣きやむ気配がない。どうしたらいいのかとジョーイは途方に暮れて、小さいラビをギュッと抱き締めた。


「クソッ!」
 はぐれた場所を中心にハボックの姿を必死に探していたロイは、いい加減疲れきって肩を落とす。林の中の道に戻ってどうするかと考えていれば、向こうから親子連れが歩いてきた。
「あのカチューシャいいなぁ。本物のウサギみたい!ねぇ、ママ。私にもあれ買って!」
 母親に手を引かれながら興奮気味に話す女の子の声が聞こえて、ロイは目を見開く。向こうが近づいてくるのが待ちきれずに駆け寄って尋ねた。
「ウサギの耳のカチューシャをつけた男の子なら少し前にすれ違いましたよ」
「ありがとうございます」
 礼を言ってロイは親子連れと離れて歩き出す。この方向なら別荘だと足を早めながらロイは眉を顰めた。
「ウサギ耳?まさかハボックのヤツ」
 ウサギを追って犬耳をうさみみに変えたのだろうと察してロイは唇を噛んだ。
「まさかその瞬間を見られて誰かに」
 捕まったりしていないだろうかと思えば不安がいや増す。別荘に向かうロイの歩みはどんどんと早まり、ついには走り出していた。木々の間に別荘が見える。全速力で最後の十数メートルを駆け抜けたロイは、別荘の前で誰かに抱え込まれている小さい姿を見つけて声を張り上げた。
「ハボックっ!」
 駆け寄りながら懐に手を入れ発火布を取り出す。それを手に嵌めたロイが指を擦り合わせる前に、ハボックが抱え込む相手の腕を振り解いてロイに向かって駆けてきた。
「ろーいッ!!」
 駆け寄るロイの胸に地面を蹴ってピョンと飛んだハボックが飛び込む。ギュッと抱き締められて、ハボックは泣きながらロイにしがみついた。
「ろーいっ、ろーい〜ッ!!」
「ハボックっ、よかった……ッ」
 両腕両脚を使って全身でしがみついてくるハボックを抱き締めて、膝をついたロイは詰めていた息をホッと吐き出した。


2012/09/19


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