第十三話


「暑いッ」
 本を読んでいたロイがいきなり大声を上げれば、宝物用の箱に丁寧に畳んで入れたワンピースのレースを弄っていたハボックがビックリして顔を上げる。忌々しげに窓の向こうの雲一つない空を見上げたロイが、ガバッと勢いよく立ち上がった。
「ろーい?」
「避暑に行くぞっ、ハボック」
 不思議そうに呼べばそんな言葉が返ってきて、ハボックは首を傾げる。ロイはクローゼットに歩み寄ると中からトランクを引っ張り出し、次々と服を詰め始めた。
「ろーい?」
「旅行に行こう。ここは暑くてかなわん。湖の側のコテージを借りてそこで過ごすんだ。きっと楽しいぞ」
 ロイはそう言ってハボックを見る。
「出かけられる、だろう?」
 以前はどんなにハボックに見せてやりたいと思うものがあっても、それが家の外にあるものであればハボックを連れていってやることは出来なかった。だが、天使の飾りが依代の今であれば何処へだろうと一緒に行ける、行けるのだろうとロイが尋ねるように見つめる先でハボックが嬉しそうに笑った。
「ろーい」
 ハボックにギュッとしがみつかれてロイが笑う。男の子用の服も詰めれば、ハボックがいそいそとワンピースを持ってきた。
 配達員の男に誤解されたとロイがどっぷりと落ち込んだのを見てから、流石にハボックもどうやらワンピースを着るとロイにいらぬ気苦労をかけるらしいと気づいたらしく、ワンピースは着ずに眺めるだけで我慢してくれるようになっていた。それでも特別な時ならいいのかとロイの顔を見つめるハボックにロイが苦笑する。
「ハボック、それは置いていこう。向こうでも着る機会はないし荷物になるし」
 そう言えばしょんぼりするハボックにロイが言う。
「カチューシャを持っておいで。あれなら嵩張ばらないから」
 その言葉にハボックがパッと顔を輝かせ宝物用の箱に走り寄る。中からワンピースと同じ生地を使ったカチューシャを取り出して戻ってくれば、それを受け取ったロイが丁寧にトランクに詰めた。
「そうだ、連絡入れておかないと怒るだろうな」
 何かにつけて様子を見にきてくれるお節介な友人に出かけると一言断っておかなければ、きっといなくなったと大騒ぎするに違いない。ロイは立ち上がって電話に歩み寄ると受話器を取った。ダイヤルを回しヒューズが出るのを待つ間、窓に寄りかかって外を見る。脚に纏わりつくハボックの金髪を指で弄べば、ハボックが甘えるようにロイの脚に頬を擦り寄せた。
「ヒューズ?私だ」
 相手が出たのを確認してロイがこれからハボックと旅行に出ると告げれば、途端に不満の声が返ってくる。
『ズルいぞッ、俺も行く!明後日なら仕事も一段落するから――――』
「そんなに待っていられるか。土産を買ってきてやるから大人しく待ってろ」
『土産なんていらんッ!判った、今日中に何とかするッ!』
「悪いな、ヒューズ、もう出るところだ。じゃあな」
『おいっ、ちょっと待――――』
 制止の言葉にも耳を貸さず受話器を置いて、ロイはホッと息を吐いた。
「連絡を入れても怒ったな」
 やれやれと呟いて、ロイは視線を下に向ける。見上げてくる空色と目があって、ロイはにっこりと笑った。
「よし、じゃあ戸締まりして出かけようか、ハボック」
「ろーい!」
 家中の鎧戸を締めて戸締まりを確認する。玄関を出てカチリと鍵をかけるとロイはトランクを持つ手と反対の手をハボックに差し出した。
「行くぞ」
「ろーい」
 二人はにっこりと笑いあって初めてのバカンスへと出かけていった。


2012/08/23


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