マースの日?


「ハボックちゃぁんッ!」
 庭で花を摘んでいるハボックの姿を見つけたヒューズは飛びつくようにその小さな体を抱き締める。突然背後から抱き締められて、ハボックはぴゃっと悲鳴を上げて小さな毛糸玉になった。
「あっ、ハボックちゃんッ!」
 抱き締めたはずの体がなくなって、ヒューズは前のめりに倒れそうになる。黒い毛糸玉はポンポンと飛び跳ねてヒューズから離れると、ポンと大きく跳ねて子供の姿になった。
「ろーいっ!」
 びっくりしたと言わんばかりにハボックは金色の犬耳をピンと立ててヒューズを見上げる。ムゥと唇を突き出し、ばらまいてしまった花を一つ一つ拾い上げた。
「ハボックちゃん、それ、ロイにあげる花だよね?」
「ろい、……ろーい?」
 コクンと頷いたハボックはそれがどうしたのかと尋ねるように小首を傾げる。そんなハボックの前に正座して、ヒューズは言った。
「今日はロイの日だからロイに花をあげるんだろ?だったら俺にその花ちょうだいッ!」
 ヒューズはガシッとハボックの両腕を掴んで言う。お願いっ、としがみついてくるヒューズに混乱したハボックが悲鳴を上げた。
「ろーいーッ!」
「お願いだよぅ、ハボックちゃんッ」
 ギャアギャアと騒いでいると中庭にある扉が乱暴に開く。大股で歩み寄ってきたロイがヒューズの頭をゴンッと叩いた。
「お前はッ!ちっとは静かにできんのかッ!まったく、いつもいつも!!」
 ロイは殴られた頭を抱えるヒューズからハボックを奪い取って抱き上げる。黒曜石の瞳にギロリと睨まれて、ヒューズは唇を突き出した。
「だって今日は俺の日だもんっ」
「は?」
 唐突にそんな事を言い出すヒューズにロイは眉をしかめる。怪訝そうに見つめてくる二人に、ヒューズは座り込んだまま言った。
「だって今日はスーパーマースなんだよ!だから俺の日!ハボックちゃん、俺に花ちょうだいッ!」
 両手を握り締めてそう訴える髭面をロイとハボックはまじまじと見つめる。やがてロイはげんなりと大きなため息をついた。
「それを言うならスーパーマーズだろう?」
「いいじゃん、マースだって」
「お前は天体か」
 馬鹿馬鹿しい、と肩を竦めたロイはハボックを抱いたまま家に戻ろうとする。だが、背後からどっぷりと落ち込んだため息が聞こえて足を止めた。
「どうせお前はいっつもハボックちゃんと仲良しでいいよな。俺なんてさ、いっつもさ」
「……この間はちゃんと特別ゲストで呼んでやったろうが」
 二人の記念日、たまたま押し掛けてきたヒューズをお祝いの席に呼んでやったのは記憶に新しい。そう言っても恨めしげに見つめてくる髭面にロイが口を開こうとするより早く、ハボックがロイの腕からぴょんと飛び降りた。
「ろぉいっ」
 ハボックは座り込んだヒューズの頭を小さな手でなでなでする。それから手にした花束を二つに分けて、片方をヒューズに差し出した。
「ハボックちゃん……ッ」
「────ハボック、お前、ヒューズに甘いぞ」
 自分がもらうはずの花をヒューズに半分とられてロイがムッと唇を突き出す。ハボックはそんなロイにもう一つの花束を差し出しながら手を伸ばした。
「ろーいっ」
 ロイは不満げな表情を浮かべながらも前屈みになって花を受け取る。そうすればハボックがロイの頬にちゅっとキスした。
「ハボック」
 その途端ロイが頬を弛めて笑みを浮かべる。嬉しそうにロイがハボックを抱き上げるのを見たヒューズが花束を握り締めて言った。
「あーッ!俺もッ、俺にもチューしてッ!」
「お前はなでなでしてもらったろうがッ!」
「俺だってチューがいいッ!」
「図々しいのも大概にしろ!そもそもなにがスーパーマースだ!」
「お前だってなぁにがロイの日だ!語呂合わせなんて子供か!」
「なんだとっ」
「なんだよッ」
「……ろーい……」
 小さな体を挟んでギャアギャアと言い合う大人げない二人に、ハボックがやれやれとため息をついた。


2016/06/01


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