バレンタインデー2017


「よお、ロイ」
 チャイムの音に玄関へ行けば開いた扉の向こうに満面の笑みを浮かべる髭面を目にして、ロイは無言のまま扉を閉じようとする。だが、閉まる寸前慣れた様子で足を挟んだヒューズは扉に手をかけグイと押し入ってきた。
「呼びもしないのに来るな、髭」
「お前には呼ばれてないけどな、ハボックちゃんに呼ばれたんだもん」
「えっ?」
 思いがけない返事に扉を押さえていた手から力が抜ける。それを見逃さず家の中にヒューズが入れば、リビングの扉が開いてハボックが飛び出してきた。
「ろーいっ」
「ハボックちゃんっ」
 パタパタと駆け寄ってくるハボックを腰を落として両手を広げたヒューズが迎える。キュッとハボックを抱き締めるヒューズに、ロイが目を吊り上げた。
「おい」
「んじゃ、ロイ。お前は一時間ばかり出かけてこい。本屋に行けばそれくらいすぐだろう?」
「えっ?おい、ちょ……ッ」
 突然のことに驚きに目を見開く間にロイは扉の向こうに押し出されてしまう。扉の隙間からポイとコートが放り出されたと思うと、ガチャリという音とともに玄関が閉まってしまった。
「な……ッ、おい、こらッ!どう言うことだッ、ヒューズ!ハボックッ!!」
 訳も判らず家から追い出されて、ロイはガチャガチャとノブを回す。だが、重い扉はビクともせず、ドンドンと扉を叩けば中からすまなそうなハボックの声が聞こえた。
「ろーいー」
「ハボック!ここを開けなさいッ!」
「ロイ、この扉は一時間しないと開かない。大人しく時間を潰してこないと一生中へ入れないからな」
「なんだとッ?ここは私の家だぞッ!ヒューズ!ハボック!」
 そう言ったきり幾ら扉を叩こうと大声をあげようとうんともすんとも返事の返ってこない扉をロイは睨みつける。暫くの間そうして扉を睨んでいたが、一つため息をつくと放り出されたコートを拾い上げた。
「どうして私が追い出されなくてはならんのだ。ヒューズの奴、後で燃やしてやるッ」
 ブツブツと呟いてロイはコートを羽織ると足音も荒く出かけていった。


「さて、ハボックちゃん。邪魔者いなくなったし、早速作ろうか」
「ろいっ」
 ドアの外で騒いでいた声が聞こえなくなると、ヒューズは傍らに立つハボックを見下ろして言う。コクンと真剣な顔で頷くハボックを促して、ヒューズはキッチンへと向かった。
 一ヶ月ほど前のこと、例によってロイの家に押し掛けていたヒューズは、偶々目にしたバレンタインの広告を不思議そうに見ていたハボックにバレンタインとは何なのか説明してやった。
『バレンタインデーというのはね、大好きな相手にチョコをあげて気持ちを伝える日なんだよ。大好きとかいつもありがとうとかね』
 そう聞いて広告を手にしたハボックがヒューズをじっと見つめる。その空色を見ていれば言いたいことを察して、ヒューズはハボックの願いを叶えてやることにしたのだった。


「それじゃあまずイチゴを洗うよ」
 ヒューズは持参した紙袋の中からイチゴのパックを取り出して言う。キッチンの流しの前に椅子を置きハボックを立たせると、水を張ったボウルにイチゴを入れた。
「潰れないように優しくね」
「ろーいっ」
 ヒューズの言葉に頷いて、ハボックは小さな手でイチゴを丁寧に洗う。洗ったイチゴの水分をペーパーで拭き取ると、ヒューズはピックを取り出した。
「食べやすいようにピックを刺すよ。こっちのヘタの方から。手を刺さないように気をつけて、こんな感じ」
「ろいッ」
 言いながらやって見せれば頷いたハボックが慎重にピックをイチゴに刺す。ハボックがピックを刺している間にヒューズはチョコレートを包丁で細かく刻んだ。
「よし、それじゃあ次はチョコレートを溶かす。刻んだチョコをボウルに入れて……そうそう。そしてこのお湯を張った鍋につけて掻き回して……ほら、溶けてきた」
「ろーいっ」
 湯煎すれば瞬く間に溶け出すチョコを見てハボックが目を瞠る。綺麗に溶かしてしまうと、ヒューズはハボックがピックを刺したイチゴを引き寄せた。
「さあ、いよいよチョコをつけるよ、ハボックちゃん」
 そう言ってヒューズはスプーンを手に取る。溶けたチョコを掬ってイチゴにかけて見せてから、スプーンをハボックに差し出した。
「ろーい……」
「大丈夫、頑張って」
 にっこりと笑って言うヒューズからスプーンを受け取り、ハボックはチョコを掬う。並んだイチゴの上にスプーンを翳し、とろりとチョコをかけた。
「……ろーい」
「上手いよ、ハボックちゃん。その調子で残りもかけちゃって」
「ろいっ」
 頷くハボックに残りのイチゴを任せて、ヒューズはホワイトチョコを湯煎にかける。シートで作ったコルネに溶かしたホワイトチョコを入れるとそれを手にハボックを見た。
「飾りをつけるよ。こうして細い線をつけるんだ────はい、ハボックちゃん」
 ハボックがコーティングしたイチゴにホワイトチョコで何本か線を入れて、ヒューズはコルネをハボックに差し出す。それを受け取ったハボックが心配そうにヒューズを見た。
「ろーい〜」
「平気平気、決まった形なんてないんだから。ハボックちゃんが描きたいようにやってごらん、ね?」
 そう言ってウィンクすれば、キュッと唇を引き結んだハボックがイチゴの上にコルネを翳す。慎重に絞り出せばにゅるにゅると出てきたチョコでイチゴの上に線を描いた。
「ろーいッ」
「おお、いい感じ!上手いよ、ハボックちゃん!」
 ニッと笑うヒューズに嬉しそうに笑ったハボックが次々とイチゴに模様をつけていく。少し待ってチョコが固まったのを確認して、ヒューズはイチゴのピックを取り上げた。
「出来た!ほら!」
 そう言うヒューズが差し出したイチゴをハボックが目を見開いて見つめる。ミルクチョコのコーティングにホワイトチョコで模様をつけた紅いイチゴはとっても可愛くて、ハボックはパアッと顔を輝かせた。
「ろーいッ!ろーいッ!」
「やったね、ハボックちゃん!」
 パチンと手をハイタッチして、二人はイチゴチョコの完成を喜び合う。ヒューズが持ってきた箱に綺麗に並べて、ハボックは嬉しそうに肩を竦めた。
「後はロイが帰ってくるのを待つだけだね」
「ろいっ」
 ヒューズの言葉にハボックが頷いた時、ドンドンと扉を叩く音が響く。
「お、帰ってきた。ぴったり一時間だ、ロイの奴」
 壁の時計を見たヒューズの呆れたような声を聞きながら、ハボックは椅子から飛び降り玄関へと走っていった。


 家から追い出されたロイは言われるまま本屋へ行ったもののどうにも落ち着かず書棚の間を無駄にうろうろと歩き回る。何度も何度も懐中時計で時間を確かめ、結局一冊の本も手に取らないままロイはかっきり一時間で家に戻った。
「事と次第によっては本当に燃やしてやる」
 ぶつぶつと物騒な事を呟きながらドンドンと扉を叩けば、さっきは冷たく閉ざされたままだった扉が開く。その途端飛びついてきたハボックに、ロイは眉を下げて小さな体を抱き上げた。
「ひどいじゃないか、ハボック」
「ろーい」
 コツンと額を押し当てて言うロイにハボックがすまなそうに答える。ニヤニヤと笑って立っているヒューズをロイはジロリと睨んだ。
「早かったな、時間ぴったりだ。そんなにハボックちゃんに閉め出されたのがショックだったか?」
「やかましい。どういうことかきちんと説明して貰おうか」
 揶揄するようなヒューズの言葉にロイが低い声で答えれば、ハボックがロイの腕からピョンと飛び降りる。クイクイと手を引かれて、ロイは訝しげに眉を寄せた。
「ハボック?」
 手を引かれるままロイはリビングへと入る。ハボックはロイをソファーに座らせるとタタタと走ってキッチンへと行ってしまった。すぐさま戻ってきたハボックは手に箱を持っている。リボンのかかった箱を、ハボックはソファーに座ったロイに向かって差し出した。
「ろぉいっ」
「これを私に?くれるのか?」
「ろいっ」
 コクコクと頷くハボックの手からロイは箱を受け取る。膝に置いて空色のリボンを解くとそっと箱を開けた。
「これは」
 箱の中に並んだチョコレートで飾られたイチゴを見て目を瞠るロイの耳にヒューズの声が聞こえた。
「ハボックちゃんからお前にバレンタインのチョコだってさ」
 その声にロイは弾かれたように顔を上げる。キラキラと目を輝かせて見つめてくる空色を見つめ返したロイは、見開いた瞳をフッと細めて箱の中のイチゴに目を戻した。ピックに刺さったイチゴを摘むとパクリと食べる。噛めば口の中に広がるイチゴの酸味とチョコの甘さにロイの顔に笑みが浮かんだ。
「旨い────お前が作ってくれたのか?ハボック」
「ろーいッ」
 頷いてハボックがロイの膝に頬を寄せる。グリグリと頬をすりつけるハボックの髪をロイは優しく撫でた。
「ありがとう、ハボック。こんなに嬉しいバレンタインは初めてだ」
「ろいッ」
 そう言うロイにハボックがソファーによじ登ってキュッと抱きつく。小さな体を抱き返しながらロイは側に立つヒューズを見上げた。
「世話をかけたな、ヒューズ」
「俺はハボックちゃんのお願いを聞いてあげただけだよ」
 肩を竦めて答えるヒューズにロイは笑みを浮かべる。嬉しそうにロイに抱きつくハボックを見て、ヒューズは一つ伸びをして言った。
「それじゃあ俺は帰るわ。またね、ハボックちゃん」
 ひらひらと手を振ってヒューズが出ていこうとすれば、ハボックがソファーから飛び降りる。キッチンに行ったと思うとパタパタと駆け戻ってきたハボックが小さな手を差し出した。
「ろいっ」
 ピックに刺したイチゴを差し出すハボックにヒューズが眼鏡の奥の目を見開く。真剣な面もちで見上げてくるハボックに、ヒューズはフニャアと顔を笑みに崩した。
「俺にもくれるの?ハボックちゃんっ」
「ろーいっ!ろいっ」
 ありがとうと言うように差し出されたイチゴを、ヒューズは身を屈めてパクリと食べる。「ンーッ」と満足そうに目を閉じて味わうと、ヒューズは嬉しそうにハボックの頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「すっごく美味しいよ、ハボックちゃん!ありがとね」
「ろぉいっ」
 ヒューズの言葉に嬉しそうに笑うハボックの頭を一頻り撫でて、ヒューズは身を起こした。
「じゃあな」
「ああ」
「ろーい!」
 軽く手を振って帰っていくヒューズを見送って、ロイとハボックは可愛いイチゴのチョコレートを間に楽しいバレンタインの一日を過ごしたのだった。


2017/02/14


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