| 第九話 |
| 「また来たのか、ヒューズ」 呼び鈴の音に扉を開ければここのところ毎日のように見ている顔があって、ロイはうんざりとため息をつく。ヒューズはそんなロイに手にした荷物を押しつけ、中に入りながら言った。 「呼んで貰えるまで休まず来てやる」 ヒューズはそう言って小さな姿を探す。リビングの扉の陰からそうっと様子を窺っているハボックを見つけると、ヒューズは満面の笑みを浮かべた。 「ハボックちゃん、マースくんですよぅ」 ヒューズは言って腰を落とすと、ハボックの目の高さに合わせて四つん這いになってハボックに向かって突進する。それを見たハボックはビクッと飛び上がってリビングの中に引っ込んでしまった。 「あっ、どうして逃げるんだッ、ハボックちゃんッ!!」 逃げたハボックの後を追ってヒューズは四つん這いでリビングに駆け込む。ロイはドカドカと足音も荒くヒューズに近づくとその頭を拳骨で殴った。 「よさんかッ!!」 「いてぇッ!!……なにするんだ、ロイ」 ヒューズは殴られた頭を撫でながら恨めしげにロイを見上げる。ロイは殴った拳を握り締めてヒューズを睨んだ。 「いい加減にしろ、ハボックが怯えてるだろうがッ」 そう言われてヒューズはハボックの方へ視線を向ける。そうすればリビングのテーブルの下に潜り込んだハボックの、尻尾を脚の間に挟み込んだ小さなお尻が見えた。 「目の高さを合わせりゃいいと思ったんだがなぁ……そこまで怯えなくたっていいじゃん」 ヒューズはがっくりと肩を落としてため息をつく。立ち上がって膝を払うとロイの手から玄関で押しつけた袋を取り返した。 「いい酒を持ってきたんだ」 「泊まっていく気か?」 時刻は五時を過ぎてそろそろ陽も傾き始めている。迷惑そうな様子を隠さないロイにヒューズは言った。 「部屋なら余ってんだろ?」 袋の中から酒のボトルを取り出し、ロイに見せる。 「東の国の酒なんだ。米から作る。旨いぜ」 ニヤリと笑って言えばロイも興味を示してボトルに手を伸ばした。 「酒はいいがつまみも作れよ」 「酒を持ってきたのは俺なんだからつまみを作るのはお前の役目だろう?」 「酒はハボックを怯えさせた罰。つまみはベッド提供の代価だ」 等価交換だろ?とニッと笑うロイをヒューズは悔しそうに見る。それでも端から作る気があったのか、ヒューズは袋を手にキッチンに入ると材料を広げ始めた。 「久しぶりだな、それ」 「好きだろ?お前」 言いながらヒューズはタマネギとニンニクをスライスし、タイムと一緒にバットに敷き詰めその上にサケを載せる。ジャガイモの皮を向き一センチ厚さに切り下ゆでした。 「見てないでお前もディップぐらい作れよ」 「ああ」 言われてロイも材料をボウルに放り込み手早く混ぜた。男二人でキッチンに並び支度をしていればハボックがやってきて不思議そうに見上げてくる。ロイはまあるく見開いた空色に優しく笑った。 「イイコに待っててくれ。あとでクッキーをやるから」 ロイが言えば、ヒューズが「あっ」と声を上げる。手を洗って水分を拭き取ると、まだ湿った手をシャツで拭いながら言った。 「ハボックにお土産持ってきたんだよ〜。喜びそうな奴!」 そう言いながら袋の中をガサガサと漁る友人をロイは眉を寄せて見る。 「変なものを与えるなよ?」 「変なものとは失礼な」 ヒューズはロイを軽く睨んで袋の中から出したものを手にしゃがみ込む。ハボックに向かってにっこりと笑った。 「ほら、お前にやるよ。綺麗だろう」 そう言ってヒューズは小さな缶の蓋を開けてみせる。中には色とりどりのジェリービーンズが入っていた。 カラフルなジェリービーンズの輝きにハボックは目を見開く。パタパタと走り寄ってくると、ハボックは缶の中から一粒摘み上げた。高く掲げて光を透かし、ハボックはパアッと顔を輝かせる。紅い小さな粒をロイに見せてハボックは言った。 「ろい」 「気に入ったのか、よかったな、ハボック」 そう言えばハボックはにっこりと笑ってジェリービーンズを握り締める。その様子にヒューズは涙を拭う真似をして言った。 「よかった、喜んでくれて……ついでに“ありがとう、マース”って言ってくんない?」 期待して言うヒューズに構わず、ハボックは缶の中から更に何粒かジェリービーンズを摘み出す。大事そうに手に持ったハボックがキッチンから出ていってしまうと、ヒューズはため息をついた。 「ああ、行っちゃった」 「いいじゃないか、喜んでたんだし」 「コレクションに加えてくれるなら、まあいいか」 ヒューズは言って立ち上がる。缶の蓋を閉めキッチンのカウンターに置くと、再びつまみを作り始めた。 そうして作ったつまみを肴にロイとヒューズが酒を酌み交わしている間、ハボックは戻ってこなかった。 2011/06/23 |
| → 第十話 |