第十話


 二階の寝室の隅に置かれたトランクの中で何かがモコモコと動いている。ふぁさりと大きく尻尾が動いたと思うと、ハボックが顔を上げた。
「  」
 ハボックは楽しそうな笑みを浮かべてトランクの隅にしまってあるコレクションを取り出す。大切に手のひらに載せて、鎧戸が閉まった窓辺に運んだ。窓枠の少し出っ張った桟の所に手の上のクッキーを一つずつ並べる。それが済むと、今度はさっき手に入れたばかりのジェリービーンズを一粒ずつ並べた。
「  」
 ハボックは綺麗に並んだそれに満足そうに鼻を鳴らす。窓の桟に手をかけ、コレクションをうっとりと眺めた。
 忘れ去られた古い家でハボックはずっと独りきりで暮らしていた。いつからそこにいたのか、最初は一人ではなかったのか、全く記憶にはない。気がつけばハボックは昏い家の中に独りきりだった。
 時折、家の図面を持った男が一人で、もしくは誰かを連れて家の扉を開けにきたが、大抵あっという間に帰ってしまうのでハボックは話しかける暇もない。独りきりの昏い屋敷は寂しくて、ハボックは暗がりに身を潜めて小さく小さくなって毎日を過ごしていた。そんなある日、やってきたのがロイだった。ロイは家の中に明かりと風を取り入れた。淋しかった昏い家に明るさが満ちて、ハボックは驚くと同時にロイが気になって仕方なくなった。可愛いクッキーをテーブルに置いてくれるのを見れば、嬉しくて益々気になってしまう。それでも話しかけてくれるロイの前に姿を現すのは恥ずかしくて、ちょろちょろと陰からロイを見ていたある日、間違って落ちてしまった洗濯機の洗剤にかぶれて痒くて痒くて泣いていたハボックを、ロイは助けてくれたのだ。優しいロイがハボックは大好きで、ロイを喜ばせたくて姿を変えて、ハボックはずっとロイと一緒にいたいと思った。
 コレクションを眺めるハボックの耳に、時折微かな漣のようにロイが客人と交わす声が聞こえてくる。優しいその音にハボックは耳をピクピクと震わせてうっすらと笑った。その時、棚の上の時計が時報代わりの音楽を奏でて、ハボックは急いで時計に駆け寄る。優しいオルゴールの調べに合わせてくるくると回る天使達を見ながら、ハボックはふんふんと音楽を口ずさんだ。天使達のダンスが終わっても、ハボックは暫くの間ちょっぴり音程のずれた鼻歌を歌っていたが、やがて時計から離れるとベッドによじ登る。ふかふかのベッドに残るロイの香りを嗅いでハボックは尻尾を振った。
「ろーい」
 たった一つ覚えた言葉を口にすればハボックの胸がほわりと暖かくなる。ずっと一人きりで淋しかった心が癒されて幸せそうに笑ったハボックは、体がふわふわと軽くなるように感じた。
 ハボックは目を閉じて優しい漣に耳を澄ます。ロイが大好きだったと言った犬の形を真似た姿が、風もない部屋でほんの少し揺らめいた。


2011/06/27


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