第十一話


「なぁ、ロイ。お前こんなところで隠居暮らししてねぇでいい加減帰ってくれば?」
 ヒューズはグラスの中の氷をカラカラと鳴らしながら言う。リビングのソファーとテーブルの間の床にだらしなく腰を下ろして、二人はヒューズが持参した酒を飲み交わしていた。
「まあ、そのうちな」
「そのうちって何時だよ」
 気乗りしない様子で答えるロイにヒューズはズイと顔を突き出す。テーブルに圧し掛かるように突き出された髭面を、ロイは嫌そうに押し返した。
「鬱陶しい顔を近づけるな」
「あ、そういうこと言うか?」
 友人の冷たい態度にヒューズは鼻に皺を寄せてロイを睨む。グラスの酒を飲み干したヒューズが何か言おうとする前にロイは言った。
「それ以上くだらんことを言うなら追い出すぞ」
「ああ、はいはい」
 ジロリと睨んでくる黒曜石にヒューズは肩を竦める。新たに酒を注ごうとした拍子にボトルをぶつけてグラスの縁を欠いてしまい、ヒューズは顔を顰めた。
「あーッ、欠けたっ」
「なにやってるんだ、お前は」
「わりぃ」
 頭をボリボリと掻いてヒューズは立ち上がり棚から新しいグラスを取り出す。
「グラス出すぞ」
「もう割るなよ」
 そう言ったロイがヒューズが持ってきたグラスを見て開きかけた口を閉じたのに気づいて、ヒューズは眉を寄せた。
「なに?このグラス、駄目か?」
「いや、ハボックが気に入ってるグラスなんだ」
「あ、そうなのか?」
 言われてグラスを戻すのかと思いきやヒューズはニヤリと笑う。
「うふふ、ハボックちゃんのグラス〜」
「おい」
「いいじゃねぇか、割らないようにするからさ」
 そう言ってグラスに頬ずりするヒューズをロイは不満げに睨んだが、ヒューズは平気な顔で酒をグラスに注いだ。
「可愛いもんや綺麗なもんが好きなんだな」
 ヒューズは言いながら細かなカットが施されたグラスを目の高さに掲げて見る。透明な酒をその身に抱え、キラキラと灯りを反射して輝くグラスを見ながらヒューズは言った。
「なぁ、あの子、何なんだろうな」
「さぁな」
 聞かれてロイは短く答える。まるで気のない友人の返事に、ヒューズは眉を寄せた。
「なに、気にならねぇの?研究者の血が騒がないわけ?」
「ハボックは研究対象じゃない」
 ロイがそう言うのを聞いて、ヒューズはチビリと酒を口にしながらロイを見つめた。
「俺はてっきりハボックを研究するために好きにさせてるのかと思ったよ」
「ヒューズ」
 その途端ロイはヒューズを睨む。
「ハボックはハボックだ。それ以上でもそれ以下でもない。アイツに妙なちょっかい出したら赦さんぞ」
「なぁんだ、本当に研究対象じゃないのか」
 てっきりそうだと思ったとヒューズが言えばロイの視線が険しさを増した。
「怒るなって」
「お前が怒らせたんだろう?」
 ロイは唸るように言ってグラスに残った酒を飲み干す。ダンッと乱暴にテーブルにグラスを置いてロイは立ち上がった。
「寝る」
「えっ、もう?」
 不満そうにヒューズが言えば黒曜石の瞳が睨んでくる。ヒューズは肩を竦めて飲みかけのグラスをテーブルに置き、よっこらせと立ち上がった。
「部屋借りるぞ」
 飲み食いした食器をそのままに、二人は各々寝室へ引き上げた。


 寝室の扉を開けたロイは、トランクの中が空っぽなのに気づき眉を寄せる。窓に目を向ければハボックの大事なコレクションが並べたままになっており、ロイはやれやれとため息をついた。
「まったく……大事なものじゃないのか?出しっぱなしにして」
 ロイは呟くとハボックのコレクションをトランクの隅に丁寧にしまう。そうする間にもハボックは戻ってこず、ロイは寝室の扉を見た。
「好きにさせておくか……夜の方が好きだしな」
 わざわざ探しに行くこともあるまい。ロイはそう考えて手早くシャワーを浴びベッドに入る。アルコールが入っていたこともあり、ロイが瞬く間に眠りに落ちた丁度その時、寝室の扉がゆっくりと開いた。


2011/07/02


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