第十二話


 眠るロイの耳に寝室の扉が開く微かな音が聞こえる。
「………っ」
 ロイは眉を寄せて僅かに身じろぎしたものの目覚めるまでには至らない。そんなロイに気づいているのかいないのか、乱れた足音がベッドに近づいてきた。軽い足音は右に左にと揺れながら、扉から真っ直ぐに入れば大してかからない距離を長い時間かけてたどり着く。そうして漸くたどり着いたベッドに、ぱふんと小さな手をかけてハボックがロイを呼んだ。
「ろーい」
 呼ぶ声はとても小さくてロイを眠りの淵から呼び戻す事が出来ない。ハボックは手を伸ばすとロイの枕カバーの端を掴んだ。んー、と全体重をかけてハボックはカバーにぶら下がる。ふんわりと軽い体に、それでも枕はゆっくりとベッドの端へと引っ張られた。
「……ッ、───なんだ?」
 頭を載せていた枕を引っ張られて流石にロイが目を覚ます。頭を少し持ち上げた拍子に押さえをなくした枕が一気に引っ張られてベッドから落ちた。
「  」
 聞こえた微かな声にロイは慌てて枕が落ちた先を覗き込む。落ちた枕の端を掴んで持ち上げれば、きゅうと伸びたハボックの姿があった。
「ハボックっ?」
 ロイはベッドから飛び降りハボックの体を抱き上げる。腕に軽い体を抱いたまま灯りのスイッチをつけたロイは、ハボックを見て目を丸くした。
「な……っ?どうしたっ?」
 ロイが驚くのも道理で、腕の中のハボックは髪も体も全体的に赤っぽい。くったりとロイの腕に小さな体を預けたハボックは、ハアハアと熱い吐息を小さな唇から吐き出した。
「どうしたんだ?熱でもあるのか?」
 何が何やら判らないままロイは己の額をハボックのそれにコツンと押し当てる。その拍子にふわりと鼻先を掠めた匂いに、ロイはハッとして目を見開いた。
「これは……っ」
 ロイはそう叫ぶなりハボックを抱いたまま階下に駆け降りる。リビングの扉を開いて、食べ散らかしたままのテーブルに近寄ると綺麗なカットが施されたグラスを取り上げた。
「これを飲んだのか」
 グラスに残る透明な酒から香る匂いがハボックの吐き出すそれと同じ事を確かめてロイは唸る。グラスとハボックを手に、ロイはヒューズが寝ている部屋の扉をバンッと開いた。
「ヒューズッ!!」
「うわッ?!……え?ロイ…?」
 ベッドの上に飛び起きたヒューズは枕を抱えて目をしょぼつかせる。
「なに?もしかして夜這い?」
 ヘラッと笑って言ったヒューズは、ロイが纏う怒気に気づいて居住まい正した。
「はい、なんでしょう、ロイさん」
 そう言うヒューズの鼻先にロイはグラスを突きつける。いきなり突きつけられたグラスに、ヒューズは目を丸くしてロイを見た。
「これが?」
「貴様、酒を捨てずにグラスを置きっぱなしにしたなっ?」
「え?だっていつも朝になってから片づけるだろ?」
 ロイの家で飲んだ時はいつも片づけは朝になってからするのが常だ。それなのに今回に限り何故怒られなければならないのかと、キョトンとするヒューズにロイが言った。
「ハボックが酒を飲んだ」
「えっ?」
 言われてヒューズはベッドから降り部屋の灯りをつける。ロイの腕の中のハボックが顔も体もふさふさの尻尾まで赤みを帯びているのを見て、ヒューズは目を丸くした。
「うわ、真っ赤っか!酔っぱらってんのか?……おっ、熱いっ」
 触れた尻尾が熱を持っているのに気づいてヒューズは手を引っ込める。おっかなびっくりといった様子でハボックの様子を見ながらヒューズは言った。
「味見したのかね」
「水と間違えたんだろう。あのグラスでよく井戸の水を飲むんだ」
「でも、匂いがするだろう?」
「ハボックに酒なんて概念があるか」
 ロイはそう言ってヒューズを睨むとクルリと背を向け扉に向かう。
「ハボックに何かあったら燃やしてやるからな」
「ええっ?俺のせいっ?!」
 ビシリと宣言されて情けない声を上げるヒューズを残して、ロイは部屋を出ていった。


2011/07/05


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