| 第十三話 |
| ヒューズの寝室を出たロイは扉を抜けて庭に出る。月の光が照らす中、ロイは庭の片隅にある井戸のところへやってきた。ハボックを片手に抱いたまま、もう一方の手でポンプのバーをガシャンと動かす。古いポンプはガシャンガシャンと派手な音を響かせながら井戸の水を吐き出した。 「ハボック」 腕の中の小さな姿に呼びかければハボックがロイの腕から抜け出す。ふらふらと危なっかしい足取りで井戸に近づくと、ハボックはポンプの下に手を差し出した。 ガシャンとロイがバーを押せばザバリと水が零れる。ハボックはホッと息を吐き出し、全身ずぶ濡れになって手のひらに受けた井戸の水を口に運んだ。 ガシャンガシャン。 月の光の中、井戸の水が銀色に輝く。いつしかハボックは地面に座り込んで井戸の水を頭から浴びていた。金色の犬耳をぺしょんと伏せ、尻尾を水たまりの中に浸して座り込むハボックをロイは心配そうに見つめる。バーを動かす手を止めると、ロイはハボックの顔を覗き込んだ。 「大丈夫か?」 どうしてやったらいいのか判らないまま月の光に誘われるように庭に出ていた。ハボックが唯一口にする井戸の水を飲めば体の中のアルコールも薄まるかと思ったが、濡れそぼったハボックの体はまだ赤みを帯びたままだった。 「ろーい」 小さく呼んで手を伸ばしてくる体をロイは抱き上げてやる。家の中に戻ったロイは濡れた服を脱がせハボックの体をタオルで包み込んだ。そうして二階の寝室に上がりハボックの体をビロード張りのトランクの中におろす。うっすらと目を開いて見上げてくるハボックの赤みを帯びた金髪を、ロイは優しく撫でた。 「すまなかったな、私の不注意だ」 ハボックの気に入りのグラスだと判っていたのに酒を飲むのに使わせてしまった。せめてその場ですぐに中身を空けて洗っておけばハボックが間違って口にすることもなかったものを。 「苦しくないか?」 そう言いながら撫でるロイの手にハボックは頬を擦り寄せる。時折ふぁさりと尻尾を振ってとろとろと微睡むハボックを、ロイは一晩中見守っていた。 「ヒューズ」 翌朝、リビングに下りればヒューズが飲み散らかしたままだったテーブルの片づけをしていた。呼ぶ声に片づける手を止めて振り向いたヒューズはすまなそうに頭を掻いた。 「夕べはすまなかったな。で、どうよ、様子は」 「眠ってる。井戸の水を飲ませてみたんだ。落ち着いてくるといいんだが」 ため息混じりに言うロイを見つめていたヒューズは、再びテーブルに戻ると残りの片づけを済ませてしまう。朝飯を食っていけというロイに首を振って、ヒューズは玄関に向かった。 「ロイ、夕べお前に戻ってくればと言っただろう?あれな、本気だから。上の連中もお前に戻って欲しがってる」 「ヒューズ」 「まあ、ハボックの様子が落ち着いたら考えてみてくれ」 じゃあな、とヒューズが帰っていくとロイは一つため息をつく。寝室に戻り、ハボックが休んでいるトランクの側に腰を下ろした。 「このままお前とここで暮らすのは駄目なんだろうか」 そう言いながらロイはハボックの髪を撫でる。ほんのりと暖かく柔らかい手触りは、ざわざわと波立つロイの心を落ち着かせた。 「大それた望みなぞ持ち合わせていないのになぁ」 ただハボックと二人、静かに暮らていけたらそれでいいのに。 ロイはハボックの髪を優しく撫でながらそっと目を閉じた。 2011/07/14 |
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