第七話


「ヒューズ、お前、いつ来たんだ?」
「ついさっき。どうせお前、呼び鈴鳴らしたって出てこねぇだろうと思ったからさ。庭の方から入れないかと思って回ったんだよ。そうしたら」
 とヒューズはぶら下げた子供の服を見る。
「なんだ?あれ。お前の隠し子じゃねぇよな。猫耳ならそれも考えられるが、あれ、犬耳だったし」
「馬鹿言ってるんじゃない」
 ロイはヒューズの手からハボックの服を取り上げると、ヒューズを押し退け中庭に出る。さっきハボックが飛び込んだあたりの木陰を覗き込むようにして声をかけた。
「ハボック、驚かせて悪かった。こいつは私の友人でヒューズと言うんだ。顔は怖いが悪い奴じゃない」
「おいおい、それはないだろ?」
 ロイの説明にヒューズが顔を顰めればロイがヒューズを睨む。
「ハボックを驚かせた奴が文句を言える立場か。大体お前、ハボックになにをしたんだ」
「あのちっこいの、ハボックっていうのか」
 ロイの言葉の中の固有名詞を拾い上げてヒューズは言うとロイと並んで木陰を覗き込んだ。
「おーい、ハボックちゃん、出ておいで〜。お兄さんは怖くないよぉ」
「やめろ、ハボックが益々怯える」
 猫なで声で話しかけるヒューズを押し退けてロイは木陰の前にしゃがむ。地面に顔を寄せて下から覗き込めば、葉陰に丸まる黒い毛糸玉が見えた。
「ハボック、おいで」
 ロイは呼んで手を伸ばす。すると葉陰から黒い塊がぴょんとロイの腕の中に飛び込んできた。
「ハボック」
 微かに震える柔らかい毛並みをロイはそっと撫でてやる。ハボックを抱いたまま家に戻るロイについて歩きながら、ヒューズは友人の腕の中の毛糸玉を興味津々覗き込んだ。
「なあ、コイツ、なに?」
 そう言ってヒューズが伸ばしてくる手をロイはピシリと叩く。
「触るな」
「冷てぇな、ロイ。久しぶりに会った親友にそれはないだろ?」
「ハボックを怯えさせるからだ」
 情けなく眉を下げるヒューズにロイはフンと鼻を鳴らした。ヒューズにリビングで待つよう告げると二階に上がりハボックをトランクの中にそっと下ろす。その体を優しく撫でて、ロイはリビングに戻った。
「まったく来るなら玄関から来い、玄関から」
 ロイはリビングのソファーにふんぞり返るヒューズにそう言いながらキッチンに入る。コンロのヤカンに火をつけ湯を沸かし、紅茶を淹れると動物クッキーの缶と一緒にトレイに載せてリビングに戻ってきた。
「どうせ本でも読んでて呼び鈴鳴らしたって気づきゃしないだろ?」
 痛いところを突かれてロイはヒューズを睨む。ヒューズはロイの視線など物ともせずに言った。
「で?」
「私にもよく判らん。私がこの家に住み始めたときにはもういたんだ。最初はなかなか姿を見せてくれなかったんだが、最近懐いてきてな」
 ロイはフウフウと息を吹きかけて紅茶のカップに口をつける。ヒューズは缶の中から犬の形をしたクッキーを摘み上げしげしげと見つめた。
「なんだろうな、この家の主?」
 それにしちゃ可愛すぎるが、と言いつつヒューズはクッキーを口に放り込む。
「動物クッキーなんて懐かしいな。ガキの頃、よく食ったよ」
「ハボックが好きなんだ」
「クッキー食うのか?」
 猫のクッキーを口に放り込みながら尋ねるヒューズにロイが答えた。
「いや、コレクションしてるんだ」
「へ?コレクション?」
 ロイの言葉にヒューズがキョトンとした時、リビングの扉が細く開いて子供の姿をしたハボックが顔を出した。
「おいで、ハボック」
 ロイは優しい笑みを浮かべて子供を手招く。そうすればハボックはヒューズの様子を伺うように見上げながら、ヒューズから一番遠い動線を通ってロイの側にやってきた。
「お前ね、そこまで警戒することないだろう?」
 キュッとロイの膝にしがみつくハボックを見てヒューズががっくりと肩を落とす。ロイはハボックの頭を撫でてやりながら尋ねた。
「お前、ハボックになにをしたんだ」
「なにって、別に大したことしてねぇぞ、ロイ。尻尾をちょっと引っ張ってみただけだ」
「十分大したことだろう、それは」
 シレッとして言うヒューズにロイはチッと舌を鳴らしてヒューズを睨む。
「んなこと言ったって、ロイ。こう、ふさふさの尻尾が揺れているのを見たら誰だって触りたくなるだろう?」
 言いながらロイの向こう側にいるハボックをよく見ようとヒューズが身を乗り出せば、ハボックは怯えたようにロイの陰に隠れた。
「これ以上ハボックを怯えさせるな」
「だって気になるだろ。なぁ、あの毛糸玉とこの子供の格好と、どっちが本来の姿なんだ?」
「毛糸玉だ。昔飼ってた犬と私の写真を見せたらこうなった」
「へぇ」
 ヒューズは出来るだけ怖がらせないようにしながらハボックを見つめる。ハボックに向かってにっこりと笑いかけながら、手はカップをロイに差し出した。
「おかわりくれ、ロイ」
 いつの間に飲み干したのかカップは空になっている。保温用のカバーをポットから外して空のカップに紅茶を注ごうとしたロイを見上げて、ハボックが口を開いた。


2011/06/19


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