| 第六話 |
| 「ああ、もう朝か……」 ロイは枕元で鳴り響く目覚まし時計をベッドの中に引き込んで呟く。何とか睡魔に打ち勝って、ロイはゆっくりと体を起こした。 鎧戸を下ろした室内は朝になってもまだ夜の名残を引きずっている。ロイはベッドから脚を下ろすと、窓辺に置かれた小さなトランクの中で丸くなっている小さな子供に声をかけた。 「ハボック、窓を開けるぞ」 何度か繰り返せば金色の頭がむくりと起きあがる。ハボックは紗がかかったような空色の瞳でぼんやりとロイを見上げていたが、ロイの手が鎧戸にかかるのを見るとトランクから飛び出しベッドの下に潜り込んだ。 「よさそうだな」 ロイはおかしそうにそう呟いて鎧戸を開ける。そうすれば朝の明るい陽射しが部屋の中に降り注いできた。 ロイがこの家に住み始めた当初からちょろちょろとその姿を見せていたハボックと、ロイが初めてしっかり顔を合わせたのは陽も高い日中だったし、その後も昼間の明るい時間に接していたから最初は気づかなかったのだが、ハボックはどちらかと言えば暗い場所の方が好きなようだった。朝もいきなり明るい陽射しに晒されるのは苦手なようで、ロイがそれに気づいたのは、朝起きたロイが鎧戸を開けたところ、朝陽を浴びたハボックが飛び上がって元の毛糸玉の姿に戻ってベッドの下に潜り込んだきり一日出てこない事があったからだった。それ以来ロイは鎧戸を開ける前にハボックを起こし、ハボックが物陰に隠れたのを確認してから部屋に外の光を入れるようにしていた。 「落ち着いたら出ておいで」 ロイはベッドの下に向かってそう声をかけて部屋を出る。顔を洗い身支度を整えて、ロイはキッチンに降りると朝食の準備を始めた。最初のうちは「一緒に食べないか?」と声をかけていたロイだったが今では声をかけなくなっていた。ハボックは食事をしないと判ったからだ。置いておくといつの間にかなくなっていたクッキーも、実は食べるのではなくコレクションとして綺麗に並べてとってあるのを見た時、ロイは驚くと同時におかしくて笑ってしまったものだった。湿気っておそらく食べては美味しくなくなっているだろうクッキーを、ハボックは大事に大事にとっておいて時折眺めては楽しんでいるようだった。ハボックが口にするのは家の裏にある古い井戸の綺麗な水だけで、そうしてハボックは綺麗なもの、可愛いものが大好きだった。 ロイはトーストと卵とサラダで簡単に食事を済ませると汚れた食器を手早く片づけ洗濯にかかる。今日は久しぶりに客がくるため、用事はなるべく早めに終わらせておく必要があった。ロイは洗濯用の盥を出して水を張り洗剤を溶かし込む。ハボックがうっかりかぶれてしまわないよう、合成洗剤を使うのをやめて今では天然素材の洗剤を使っていた。 「おはよう、ハボック」 じゃぶじゃぶと洗濯をしていれば明るさになれたらしいハボックがやってくる。ハボックはロイの顔を見上げて笑うと盥の中のシャボンに手を伸ばした。ぱしゃんと小さな手で水面を叩けばシャボンの泡が宙に舞う。楽しそうにパシャパシャと泡を飛ばす子供にロイは苦笑した。 「ほら、もうおしまいだ。流すぞ」 ロイは言って洗剤液を流してしまう。残念そうに流れていく泡を見送るハボックに構わず手早く洗濯物を濯いだロイは、きつく絞ったそれを庭の干場に広げた。 「頼むから今日は落とさないでくれよ」 ひらひらと風に舞う洗濯物に向かってぴょんぴょんと跳ねてじゃれるハボックにそう言って、ロイは家の中に入る。盥を片づけ部屋の中をざっと整理したロイは、すぐに湯を沸かせるよう水を張ったヤカンをコンロに置いた。 「まあ、こんなところだろう」 これから来る客相手なら特に気取る必要もない。ロイはソファーに腰掛け本を開く。客が来るまでの間の時間潰しのつもりで読み始めた本に、だがロイは瞬く間に没頭してしまった。これから来る客の事も、中庭で遊んでいるハボックの事もすっかり忘れてロイは本の世界に浸りきる。そうしてどれくらい時間がたったのだろう、突然中庭から聞こえた悲鳴にロイはびっくりして本を投げ出した。 「ハボックっ?」 ヒィと聞こえた悲鳴は確かにハボックのものだ。ロイが中庭に面した窓を開けて身を乗り出せば、黒い毛糸玉の姿になったハボックが木陰に飛び込むのが見えた。 「ハボック、どうしたっ?」 いったい何にあれほど怯えているのだろう。理由が判らずリビングから飛び出したロイが、廊下を走り中庭に出ようと伸ばした手を扉のノブにかけるより早く、扉が外から開いた。そうして。 「ロイ、お前、なに飼ってるんだ?」 「ヒューズ」 扉から入ってきたのは、ハボックの服をぶら下げて怪訝そうな顔をするヒューズだった。 2011/06/17 |
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