第五十四章


 それから数日は特に何事もなく過ぎていった。時折玄関の前で騒いでいく輩はいたものの、無視して放っておけば「また来る」と言って去っていく。このままこうしてだんまりを決め込んでいればいつか自分のこともハボックの事も忘れてくれるのではないか、ロイがそんな事を思い始めた時、事件は起きた。


「ハボック?」
 ロイはさっきまで宝物をしまった箱の側で宝物を並べて眺めていた筈のハボックの姿が見えないことに気づいて、読んでいた本を脇に置く。最近は人目に触れないよう、庭に出ることもやめさせて側においておくようにしていただけに、その小さな姿が見えないことがロイを酷く不安にさせた。
「ハボック!どこだ?」
 いつもなら呼べばすぐに顔を見せるハボックなのだが一向に姿が見えない。ロイは開けっ放しの扉から飛び出すと階段を駆け降りた。
「ハボック!」
 呼びながらロイはキッチンやリビングを見て回る。どこを探しても見つからない事にいよいよ不安が増した時、外からハボックの悲鳴が聞こえた。
「ハボックっ?」
 ギョッとしてロイは庭に飛び出す。そうすればいつの間に入り込んだのか、ブランドンと名乗った軍人がハボックを小脇に抱えて連れ出そうとしているところだった。
「なにをしているッ」
 ロイの怒鳴り声にブランドンは慌てて逃げようとする。
「ろーいっ!」
「ハボック!」
 抱え込んだ腕の中からハボックがロイを呼ぶのに構わず、ブランドンは侵入する時に使ったらしいロープを伝って壁を乗り越えようとした。すると。
 バチッッ!!と火花のようなものが弾けてブランドンが悲鳴を上げる。緩んだ腕からハボックの体がずるりと抜け落ちて、小さな体が壁の上から落ちた。
「ハボック!!」
 飛びつくように伸ばしたロイの腕の中にハボックの体がトサリと落ちる。それを見たブランドンはそのまま壁の向こうに飛び降り逃げていってしまった。
「ハボックっ、しっかりしろ!」
 ぐったりとした体を抱き締めてロイが大声を上げる。そうすればハボックがうっすらと目を開けた。
「ろーい……」
「ハボック……っ」
 弱々しく笑ってロイの頬に伸ばしてくる小さな手をロイはしっかりと握り締める。腕の中の体をロイが抱き締めようとすれば、小さな子供を模した姿が震えてポンと黒い毛糸玉になった。
「ハボ……ッ?」
 そのまま小さく萎むのを見て、ロイはギョッとして両手で毛糸玉を包み込む。
「消えるなッ!ハボック!!」
 悲鳴のようなロイの声に毛糸玉はふるふると震えて、そうして再びポンと弾けて子供の姿になった。さっきより一回り小さくなったものの、腕の中でふぁさりと尻尾を振るのを見てロイはホッと息を吐いた。
「ハボックっ」
「……ーい」
 呼べば微かな声で答える小さな体を抱き締めて、ロイは庭の片隅にしゃがみ込んだまま体の震えを止めることが出来なかった。


2012/05/25


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