第五十三章


「軍から身を引いたといってもお前には最大級の監視がついてるんだよ、ロイ」
 なんとかして事の真相を掴もうと、ロイの方から連絡を入れれば人目を忍んでやってきたヒューズが言う。ロイの家のリビングで向かい合って座ったヒューズにロイが言った。
「銀時計は返したぞ」
「お前は焔の二つ名を持つ錬金術師だ。幾ら銀時計を返したところで“はい、そうですか”って訳にはいかねぇんだよ。それくらい軍にいたお前ならよく判ってんだろ?」
 そう言われてロイは唇を噛み締める。秀麗な顔に苦悩の表情を浮かべる友人をヒューズはじっと見つめた。
「お前の監視についてた奴がハボックちゃんの事を上層部に報告したんだ。ロイ・マスタングが研究を進めて人型のキメラを作り出したってな」
「ハボックはキメラじゃない!」
「だが上の連中はそう思ってる」
 声を荒げるロイにヒューズが静かに答える。そうすればロイは続ける言葉を飲み込んで、代わりに大きなため息をついた。
「考えてみりゃ今までハボックちゃんの事が上に知られなかった事の方が不思議なくらいだ。なあ、ロイ。お前ほとぼりが冷めるまでハボックちゃん連れてどっかに隠れてろ。その間に俺がなんとかして────」
「そう出来るならとっくにそうしてる」
 ヒューズの言葉を遮ってロイが言う。
「ハボックはこの家を離れられない」
「どう言うことだ?」
「詳しい事は私にも判らん。だが、ハボックはこの家を出られないんだ」
 ロイはそう言って膝に懐いているハボックの金髪を撫でる。そうすればハボックがロイを見上げてにっこりと笑った。
「ろーい」
 嬉しそうにハボックはロイを呼んでロイの膝に頬をすり付ける。ふさふさとした尻尾を振ってロイにくっつく姿を見て、ヒューズはため息をついた。
「くそっ、なにがキメラだ、ふざけた報告しやがって」
 類まれな能力を持っているが故に深く傷ついてしまった友人を、小さなハボックが癒してくれた。いつまでも静かに二人きりで暮らさせてやりたいとヒューズは思う。
「とにかく俺の方でもなんとかしてみるから」
「頼む」
 そう言うロイに頷いてヒューズは立ち上がる。テーブルを回ってロイの側に立てばハボックの空色の瞳が見上げてきた。
「今度またエリシアちゃん連れてくるからさ。ハボックちゃん、遊んでやってくれるかい?」
 言えばハボックがにっこりと笑う。ヒューズが金髪を撫でてやるとハボックが気持ちよさそうに目を細めた。
「じゃあな、ロイ」
「ああ」
 帰るヒューズを見送るために玄関に出るロイにくっついてハボックも玄関までやってくる。扉を開けようとして振り向いたヒューズは、並んで立つ二人を見て目を細めた。
「ハボックちゃん、またな」
「ろーい」
 言えばロイにしがみつくようにしてハボックが答える。
(頼むから二人をそっとしておいてやってくれよ)
 二人に向かって手を振って外へと出たヒューズは、誰にともなくそう願ってゆっくりと歩きだした。


2012/05/24


→ 第五十四章