第五十一章


 鎧戸が下りた部屋の中、その隙間から射し込む光が一日が始まったことを告げている。その光が丁度ベッドに横たわるロイの目元に当たって、ロイは眠りから引き戻された。手を伸ばして目覚まし時計をブランケットの中に引っ張り込んだロイは、その針がまだ七時前なのを見てハアとため息をついた。
「まだ早いじゃないか。もう少し────」
 例によって本を読むのをやめられず夜更かししたせいでまだベッドに入ってあまり時間がたっていない。もごもごと呟きながらロイが目を閉じ再び眠りを引き寄せようとした時、電話の音がけたたましく鳴り響いた。
「……ッ、煩いな」
 ロイは低く呟いてブランケットを引き上げる。だが、ブランケット程度では電話の音を遮るにはあまり役に立たなかった上、電話は無視されてもしつこく鳴り続けた。
「ろーいー」
 ついにはハボックから苦情の声が上がって、ロイは仕方なしにブランケットから顔を出す。薄く目を開ければベッドの縁にしがみついて覗き込んでくるハボックと目が合って、ロイはやれやれとため息をついた。
「全くどこのどいつだ、この野郎」
 ボソリと不機嫌に呟いてロイはベッドから足をおろす。天使の時計と並んで置いてある古い電話がジリリンジリリンと喧しく鳴り響くのを睨みつけて、ロイは受話器を取った。
「はい」
『マスタング大佐?私は中央司令部のブランドン少佐です。実は大佐が最近錬金術で大きな成果を上げられたと聞き及びましてっ』
「……何の話だ?」
 全く知りもしない相手からの唐突な話にロイは不愉快そうに眉を顰める。だが、電話越しでロイの表情が見えない相手は興奮した様子で言った。
『勿論大佐が作られた合成獣の話です!大佐、出来れば今日にでもこちらへいらして頂いてお話を伺いたいのですが』
「待て!一体なにを言っているのかさっぱり判らん。そもそも私は退役した身だ、大佐じゃない」
『ああ、すみません、こちらへ来て頂くのが難しいようでしたら私がそちらへ────』
「いい加減にしろッ!!」
 ベラベラと勝手なことを喋る男の言葉をロイは大声で遮る。
「なにか作った覚えなどないっ、大体私はもう軍とは無関係だ!」
 ロイは受話器に向かってそう怒鳴りつけると相手の返事を待たずに電話を叩き切る。大きく息を吐き出して気持ちを落ち着けようとすれば、キュッと袖を引っ張られてロイはハッとして視線を向けた。
「ろーい……?」
「ハボック」
 空色の瞳をまん丸に見開いて見上げてくるハボックに、ロイは笑みを浮かべて見せる。宥めるようにその金髪をロイがクシャリと掻き混ぜた時、再び電話が鳴り響いた。
「……」
 ムッと眉を顰めてロイは電話を睨みつける。やかましい電話をそのままにしておく事も出来ず、ロイは仕方なしに受話器を取り上げた。
『マスタング大佐、ブランドンです。それでは私がそちらに』
 先ほどの相手の声が聞こえてロイは無言のまま受話器を置く。その途端再び電話が鳴りだして、ロイは受話器を引っ掴んだ。
「いい加減にしろッ!しつこいぞ、貴様ッ!」
『────マスタング大佐?私はハミルトンと申しますが大佐が作ったというキメラの事で』
 電話の男の言葉をしまいまで聞かずにロイは乱暴に受話器を置く。
「一体なにがどうしたっていうんだ」
 訳が判らずロイがそう呟くのに答えるように手の下の電話が鳴り出して、ロイは顔を歪めると電話線を引っこ抜いた。
「くそっ」
 苛々と舌打ちしてロイはハボックを見る。不安そうに見つめてくるハボックに手を伸ばして、ロイは小さな体をギュッと抱き締めた。
「ろーい」
「大丈夫だ」
 突然の事に混乱しながらもロイはハボックの耳元にそう囁いて抱き締める手に力を込めた。


2012/05/19


→ 第五十二章