第五話


 暫くの間ロイはハボックの背を撫でていたが、やがて小さな体を抱いて立ち上がる。二階に上がり部屋に入ると片隅に置いておいた小さなトランクを窓辺の椅子近くに運び、蓋を開いた。
「起こしてしまったか?」
 バチンと金具を開く音に腕の中の小さな子供が目を開く。まだどこか眠たそうなその体を、ロイは時計が入っていたビロード張りのトランクにそっと下ろした。
「眠いならここで寝ているといい。私はちょっと買い物に行ってくるよ」
 ハボックはトランクの縁に掴まってロイを見上げたが、すぐにビロードのクッションの中で体を丸める。気持ちよさそうにその柔らかい生地に頬をすり寄せているハボックの頭を撫でて、ロイは立ち上がった。
「イイコに待っているんだぞ。洗濯機には近づくな」
 ロイはそう言い置いて部屋を出ていった。


 ロイは小さな子供の服が並ぶ棚を前に低く唸る。ハボックに服を着せようと思い立って買い物に来てはみたものの、正直子供の服など買った事はなく、なにが必要なのかよく判らなかった。
「お子さんの服をお探しですか?」
「えっ?」
 店員からそう声をかけられてロイは目を丸くする。曖昧に笑うロイの笑顔を照れているととったらしい店員はロイにあれこれと勧めた。
(まあいいか。どうせよく判らんし)
 ロイは勧められるままに服を買い込み店を後にする。なんとなくウキウキと心が弾むのを感じて、ロイはそんな自分がおかしくてクスリと笑った。


「ハボック」
 ロイは部屋の扉を開けながら中にいるはずの子供に向かって声をかける。眠っているかとも思ったが、ハボックはビロードの感触を楽しむようにトランクの中でごろごろと転がっていた。
「イイコにしてたか?」
 そう声をかければハボックはトランクの縁に掴まってパタパタと尻尾を振る。金色の頭をクシャリとかき混ぜてロイは言った。
「服を買ってきたぞ、着せてやろう」
 ロイは袋の中からシャツを取り出しハボックの頭から被せる。袖口から腕を出しシャツを着せてボトムをはかせようとしたロイは、ふさふさとした尻尾を見て眉を寄せた。
「そうか、尻尾があったな」
 生憎人間の服には尻尾を通す穴はない。ロイは一瞬迷ったが抽斗から鋏を持ってくるとズボンのお尻に穴を開けてしまった。
「これでいいだろう」
 ロイは満足げに言ってハボックにズボンをはかせてやる。開けた穴から尻尾を外に出してやればハボックがふさふさと尻尾を振った。
「似合ってるぞ、ハボック」
 そう言うとハボックが嬉しそうに腕を伸ばしてくる。抱きついてくる体を抱き上げてロイは窓から庭を見下ろした。
「ああ、ここからスモークツリーが見えるな」
 緑の木々の間にピンク色のふわふわとした塊が見えることに気づいてロイが言う。するとハボックはロイの腕からぴょんと飛び降り、部屋から駆け出していってしまった。
「おい」
 ロイは瞬く間に見えなくなってしまった小さな姿を追って階下に降りる。中庭に続く扉が細く開いているのを押し開けてロイは外に出た。先日の記憶を頼りに上から見えたスモークツリーのところまで行けば、思った通りピンクの雲の間に金色の尻尾が揺れていた。
「ハボック」
 尻尾に向かって声をかけるとハボックがひょこっと顔を出す。枝にしがみついてぶらぶらとしたかと思うと、パッと手を離してピンクの塊に飛びついたハボックが、掴まった塊ごと枝から落ちてきた。
「おっと」
 慌てて伸ばしたロイの腕にピンクの雲を抱いたハボックが落ちてくる。落とさずにキャッチ出来た事にロイがホッと息をつけばハボックが抱きしめた雲をロイに差し出した。
「綺麗だな」
 そう言えばハボックが嬉しそうにほわりと笑う。にっこりと笑い返してロイはハボックの瞳と同じ色の空を見上げた。


2011/06/16


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