| 第四十七章 |
| 窓際の椅子で本を読むロイの足下で宝物を並べて楽しんでいたハボックが、何かに弾かれたように顔を上げる。 「ハボック?」 金色の髪と同じ色をした犬耳をピクピクと動かして首を傾げるハボックをロイが訝しげに呼んだ時、ドンドンッと玄関を激しく叩く音がした。 「……誰だ、こんな時間に」 チッと舌打ちしたロイが本をテーブルに置き天使の時計に目をやる。くるくると天使が回る時計の針は既に十時を回っており、人を訪ねるには不適当な時間と思えた。 「ぶん殴ってやる」 物騒な事を呟きながら階段を下りるロイについてハボックも降りていく。ドンドンと扉を叩き続ける音にロイが眉間の皺を深めて扉を開ければ、玄関ポーチに立つ人物にロイは目を見開いた。 「ヒューズ」 セントラルに住むヒューズが仕事の関係で一週間ほど前からイーストシティに来ているのは知っていた。だが、今回は仕事が立て込んでいると聞いていただけに、夜分の訪問に驚いてロイはヒューズを見た。 「どうした、こんな時間に?」 そう尋ねたがヒューズはなにも答えない。視線をロイの脚にしがみついて覗いているハボックに向けたと思うと、ヒューズはドンッとロイを突き飛ばした。 「うわッ?」 「ハボックちゃんッ!!」 ヒューズは大声で叫ぶとびっくりして硬直しているハボックをヒシと抱き締める。小さな体をギュウギュウと胸に抱き込んでその金髪に髭面を擦りつけた。 「ハボックちゃんっ、マース君はねっ、マース君はねっ」 そう叫びながらヒューズはハボックを抱き締める腕に力を込める。そうすればヒューズの胸に顔面を押しつけられたハボックがジタバタともがいた。 「やめんかッ、ヒューズ!ハボックが窒息するッ!!」 「あ」 突き飛ばされて尻餅をついたままロイが怒鳴る。そうすれば漸くヒューズは今の状態に気付いて抱き締める腕を弛めた。 「ろーいー」 プハッとヒューズの胸から顔を上げたヒューズが助けを求めてロイを呼ぶ。腕を弛めたもののハボックに髭面をスリスリと擦りつけるヒューズの頭を、ロイは立ち上がるとゴンと殴った。 「いい加減にしろ、お前はッ!」 「いいだろッ、俺は疲れてんだよっ、癒して貰ってんだよっ、ハボックちゃんに!」 ロイに向かってキーッと喚くと「ハボックちゃあん」とハボックをムギュムギュするヒューズに、ロイは眉を顰める。いつにない友人の疲れた顔にロイは一つため息をついて言った。 「とにかく力任せにハボックを抱き締めるのをやめろ。ハボックが苦しがってる」 「あー」 言われてヒューズは腕の中のハボックを見る。苦しいのと滑らかな肌に髭面をこすりつけられて痛いのとで涙目になったハボックと目があって、ヒューズは申し訳なさそうに眉を下げた。 「ごめんね、ハボックちゃん」 「とにかくこっちに来い。こんなところじゃ話もできん」 ロイはそう言うとリビングへと足を向ける。ヒューズはハボックを抱き上げ、ロイに続いてリビングに入った。 「どうした、一体」 手早くハーブティーを淹れてロイが尋ねる。ソファーに腰を下ろしてハボックを膝に載せたヒューズはカップを受け取りながら答えた。 「今回仕事が激務でさぁ、まあそれはしょうがないんだけど俺、本当は今日でセントラルに帰る予定だったんだよ」 「帰れなかったのか」 言われてヒューズは頷く。ズズッとハーブティーを啜ってヒューズは言った。 「帰ったら午後は休みを取れる筈だったんだ。エリシアちゃんを動物園に連れていってやる約束だったんだけどな」 「それは残念だったな」 気の毒だとは思うが仕事なのだから仕方のないことだし、日を改めて連れていってやればいいだけの話ではないのだろうか。ロイがそう思った時、ヒューズが言った。 「電話してエリシアちゃんに仕事で帰れなくなったから動物園はまた今度って言ったらさあ、エリシアちゃんってば怒りもせずに『パパ、お仕事頑張ってね』だって!」 「父親と違ってよく出来た娘だな」 サラリと酷いことをロイが言う。だが、反論する気力もないのかヒューズはため息をついて言った。 「それ聞いたらグチャグチャ勝手なことばっかり言って仕事の邪魔する奴らにスッゲー腹が立つわ、ムカつくわでなんかもー疲れちゃって」 ヒューズはそう言ってゴクゴクとハーブティーを飲み干す。きっと昼間は何でもない顔で勝手な奴らを去なしながら仕事をこなしていたのであろう友人の苦労を思って、ロイは言った。 「大変だったな、ハーブティーもう一杯飲むか?」 「頼む」 ロイは頷いて空のカップを受け取りハーブティーを注ぐ。カップを渡せば今度はゆっくりと飲みながらヒューズが言った。 「だからちょっとハボックちゃんに癒して貰いたくなってさ」 そう言って苦笑するヒューズにロイはやれやれとため息をつく。ヒューズはカップをテーブルに置くとロイを見て言った。 「悪かったな。愚痴ったらすっきりしたわ」 ヒューズはニヤリと笑って言うとフゥと一つ息を吐く。じゃあ帰ると立ち上がろうとして、ヒューズはキュッと腕を掴んできたハボックを不思議そうに見た。 「ハボックちゃん?」 ハボックは空色の瞳でヒューズをジッと見ると小さな手を伸ばす。その手でヒューズの頭を宥めるようにポンポンと叩いた。 「ハボックちゃん……ッ、もしかして慰めてくれてるのっ?」 そう言われてハボックはニコッと笑う。それからチュッとヒューズの頬にキスをした。 「ろーい」 「……そこはマース君って言って欲しかったなぁ」 ニコニコと笑うハボックにヒューズが感動に目を潤ませて言う。ハボックの体をギュッと抱き締めてヒューズは囁いた。 「ありがとう、元気でた」 そう言ってヒューズが笑うのを見たハボックは膝から降りてロイに駆け寄る。「ろーい」と言いながら手を伸ばしてくる小さな体を抱き上げて、ロイはヒューズを軽く睨んだ。 「まったく、破格の扱いだな」 「へへへ、羨ましいか」 「煩い、とっとと帰れ、馬鹿者」 ヒューズはいつもの笑みを浮かべてソファーから立ち上がる。リビングを出て玄関に向かいながらヒューズは言った。 「邪魔したな」 「全くだ」 期待などしていなかったが、やはり思った通りの返事が返ってきてヒューズは「あはは」と笑う。玄関を開けて外へと出ながらヒューズは振り向かずに言った。 「ありがとな」 パタンと扉が閉まって靴音が遠ざかる。その音が完全に消え去ると、ロイは一つ息を吐いた。 「まったく、サービスし過ぎだぞ、ハボック」 そう言って腕の中のハボックを睨めば。 「ろーい」 にっこり笑ってハボックがロイの頬にチュッとキスをした。 2012/03/19 |
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