| 第四十三章 |
| 「もう朝か……」 けたたましく鳴る目覚ましをブランケットの中に閉じこめてロイはそう呟く。いつになくシンと静まり返っている中、ロイは再び眠り込みそうになる意識を引き戻してベッドに体を起こすと、一つ大きな欠伸をしてベッドから降りた。寒さを堪えて手早く着替えると壁際に置いてあるビロード張りのトランクに近寄る。小さく丸まったハボックがふさふさの尻尾を枕代わりに眠っているのを見て、ロイは笑みを浮かべて柔らかいほっぺたをつついた。 「ハボック、起きろ。窓開けるぞ」 ツンツンとつつきながら言えばハボックがむずかるように眉を寄せる。うーんと小さなトランクの中で体を突っ張って伸びをすると、ハボックは横になったままロイを見上げた。 「朝だぞ、ハボック」 そう言われてビロードの感触から離れるのを惜しむようにぐりぐりと柔らかい頬をこすりつけたハボックは、四つん這いに身を起こす。そのままの体勢でトランクから出るとベッドの下にもそもそと入っていった。その様にクスリと笑って立ち上がったロイは窓に手をかける。窓を開き鎧戸を開けたロイは、目の前に広がったいつもとは全く違う景色に目を瞠った。 「凄い、ハボック、真っ白だぞ!」 一面に広がる銀世界にロイは声を弾ませる。昨日の大雪がやんで真っ青に晴れ渡った空の下、世界は一面の雪景色となっていた。 「ハボック、ほら、見てみろ!」 子供のようにはしゃいだロイがそう言ったが、ハボックはベッドの下に潜り込んで出てこない。焦れたロイは床に身を寄せベッドの下を覗き込んだ。 「ハボック、見てみろって。凄いぞ」 そう声をかけるロイをハボックは迷惑そうに見つめる。だが、そんな視線もなんのその、ロイはベッドの下に手を突っ込むとハボックの体を引きずり出した。 「ろーいー」 抗議の声にも構わずロイはハボックの体を腕に抱いて窓に近づく。開けっ放しの窓から入り込む冷気に、ロイの腕の中に逃げ込もうとするハボックの背を叩いてロイは言った。 「ほら、ハボック。凄いだろう?」 そう言えばハボックが嫌々ながら顔を上げる。窓の外に広がる銀世界に、ハボックの空色の瞳が大きく見開いた。 「どうだ?凄いだろう?」 「ろーい!」 まるで自分の手柄のように自慢げに言うロイをハボックが目を輝かせて見上げる。ロイの腕から身を乗り出すようにして窓の外の雪景色を見るハボックに、ロイは言った。 「庭に出よう」 ロイはうきうきとした声でそう言うとハボックの返事を待たずに寝室を出る。階段を駆け降りたロイは厚手のジャケットを羽織り、ハボックにはもう一枚セーターを重ね着させて中庭の扉を開けた。 「う……さむっ」 キンと冷えきった空気にロイもハボックも顔を顰めて首を竦ませる。それでも真っ白な景色に誘われるまま、二人は庭に足を踏み出した。 「凄いな、久しぶりだ、こんなの」 毎年イーストシティでは雪が降るが、こんなに積もったのは久しぶりだ。ハボックがロイの腕から飛び降りて先に立って歩く小さな足跡を追いながら、ロイはゆっくりと歩いた。 「綺麗だなぁ」 昨日、大雪の中帰ってくる時は遭難するかと周りを見る余裕も何もなかったが、雪がやんで晴れ渡った空の下、真っ白な世界は本当に美しい。冬になってすっかりと葉が散った枝に雪が積もってキラキラと輝く様は、季節外れの白い花が咲いたようでとても綺麗だった。 「凄いな、ハボック」 そう声をかけて見れば、ハボックがポスポスと飛び跳ねながら雪に痕をつけて遊んでいる。その姿に思わず悪戯心が沸き上がって、ロイは小さな雪玉を作るとハボックの背中に投げつけた。 「ッッ!!」 パシンッと当たって弾けた雪玉に、ハボックがびっくりして飛び上がる。振り向いたハボックめがけ、ロイはニヤリと笑ってもう一つ雪玉を投げた。 「ッッッ!!!」 「ははは、命中!」 見事におでこに当たった雪玉が弾けてハボックが雪塗れになる。ゲラゲラと笑うロイを、ハボックは思い切り鼻に皺を寄せて睨んだ。 「ろーいーーーッ」 「雪合戦だ、ハボック!」 ロイは開戦の合図とばかりにそう叫んで手早く握った雪玉を投げつける。庭の雪にポスポスと小さな足跡をいっぱい付けながら逃げ回ったハボックが、ちょっぴり息切れして手を休めたロイめがけて、積もった雪に手を突っ込んで大量の雪を跳ね飛ばした。 「ろーいーっ」 「うわわ」 降ってくる雪から腕で顔を庇いながらロイも負けじと雪を跳ね飛ばす。庭の中駆け回って雪を飛ばし合っていた二人だったが、ハボックが木の下に入り込んだのを見たロイが枝を揺らして雪を落としてやろうと急いで回り込もうとした瞬間、ずるりと足を滑らせた。 「うわ……ッ!」 手をばたつかせて倒れそうになる体を支えようとしたが、努力も空しくロイは雪の中に背中から倒れ込む。冷たい感触にうわぁと顔を顰めたロイは、射してきた陰に目を開けて見上げた。 「ろーい」 真っ青な空をバックに空色の瞳が覗き込むようにロイを見下ろしている。吸い込まれるような二つの青に一瞬目を瞠ったロイは、ニヤリと笑って小さな体に手を伸ばした。グイと引っ張り逃げられないようにしたところで雪を掬って投げつける。真正面から雪を被って目をパチクリとさせたハボックは、次の瞬間顔を真っ赤にしてロイの上に飛び乗った。 「ろーいーーーッッ!!」 「あははは、これでお揃いだ。こら、飛び跳ねるな、ハボック」 ポスポスとロイを雪に埋めようとするように飛び跳ねるハボックにロイがゲラゲラと笑う。雪塗れになって転げ回る二人の笑い声が冬の澄んだ青空に吸い込まれていった。 2012/01/24 |
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