第四十一章


「ハボック、開けるからな」
 いつものようにハボックに声をかけてロイは窓に手をかける。眠そうなハボックがよたよたとベッドの下に潜り込むのを待って勢いよく窓を開けた。
「うー、寒いっ」
 途端に入り込んできた冷たい空気にロイは首を竦ませる。それでも晴れ渡った冬の空はとても綺麗で、ロイは窓枠に手をついて空を見上げた。
「今日もいい天気だぞ、ハボック」
 ロイはキンと張りつめた冷たい空気の中に白い息を吐き出しながら言う。
「ろーいー」
 そうすれば酷く不満げなハボックの声が聞こえて、ロイは振り向いてベッドの下のハボックを見た。
「寒いか?でも目が覚めるだろう?」
 ニヤニヤと笑いながら言うロイをハボックが恨めしげに見上げる。ヒュウと吹き付けた冷たい風がハボックの金髪を揺らすのを見て流石に窓を閉めようとしたロイは、同じ風がテーブルの上のメモ書きを吹き飛ばそうとするのを見て、慌てて手を伸ばした。
「……とっ」
 パッと押さえたメモの内、一枚だけがロイの手をすり抜けてフワリと浮かび上がる。その時さっきよりも強い風が吹き抜けて、クルリと一回転したメモが窓から飛び出していってしまった。
「ちょ……ッ、待てっ」
 逃げるメモに伸ばしたロイの手をするりとかわしてメモは下へと落ちていく。窓から身を乗り出したロイは、庭木の上にメモが落ちるのを確認してからそれ以上被害が出ないよう、窓を閉めた。
「くそっ、大事なメモなのに!」
 ロイはチッと舌打ちしながら足早に階下に下りる。中庭への扉から外に出ると、二階から見当をつけておいた木を下から見上げた。
「あった」
 冬でも緑の葉の間に白い紙が見える。手を伸ばしても届かないと見て、ロイは何か下からつつくものを探して辺りを見回した。手頃な枝を見つけて下からメモが乗っている辺りの枝をつつく。だが、どう引っかかっているのか、メモは落ちてくる気配がなかった。
「チッ」
 忌々しげに枝を見上げてロイは行儀悪く舌打ちする。どうしようかと考えて、ロイは家の中に戻ると階段を上がりながらハボックを呼んだ。
「ハボック!ちょっと手伝ってくれ、ハボッーク!」
 寝室に入ればロイの声にベッドの下から顔を出したハボックと目が合う。ハボックが出てくるのを待たず、ロイは半ば強引にハボックをベッドの下から引きずり出した。
「ろーいー」
「ちょっと手伝ってくれ」
 苦情の声に構わずロイはハボックを抱いて階段を駆け下りる。庭に出ればハボックが冷たい空気から逃げるようにロイの首にしがみついてきた。
「ハボック、メモが木の上に乗ってしまって取れないんだ。お前、取ってくれないか?」
 そう言われてハボックが顔を上げる。あそことロイが指さす先を見て、ハボックは目を見開いた。
「頼むよ」
 ロイは言ってハボックの体を両手で持ち上げる。ハボックが小さな手を懸命に伸ばしたが、後少しというところでメモには届かなかった。
「んー、これならどうだ?」
 そう言いながらロイはハボックを肩車する。グラリと揺れて慌ててしがみついてくる小さな手に目隠しされて、ロイはハボックの脚を押さえて言った。
「しっかり押さえてるから大丈夫だ。メモ、取ってくれ!早くしないとまた風で飛んでしまう」
 その声にハボックがしがみついていた手を離して体を起こす。さっきより良くなった見晴らしにメモを取るより先に嬉しそうにあちこち見回している様子のハボックをロイが急かした。
「ハボック!メモ!」
 さっきから風が時折吹いてくる。いつメモが取ばされるかとヒヤヒヤしながら急かすロイに、ハボックはロイの頭に片手をついて腰を浮かした。
「届くか?」
 頭を押さえられてロイは上を向くことが出来ずハボックに尋ねる。何度か頭につく手の位置を変えて、ハボックは葉の上のメモの端を掴んだ。
「ろーい!」
「取れたか」
 目の前にヒラヒラとメモを翳されてロイはホッと息をつく。
「ありがとう、助かったよ」
 ロイは頭上のハボックに言うと、肩車したまま歩きだした。
「すっかり冷えてしまった。早く戻ろう」
 メモを取ろうと必死になっていた時は感じなかった寒さが急に身に染みて、ロイは急いで家の中に戻ろうとする。扉を開けて一歩足を踏み入れた途端、ゴンッと大きな音が頭上から降ってきた。
「〜〜〜ッッッ!!」
「───あっ?すまんッ!!」
 声にならない悲鳴を上げてロイの頭に突っ伏してくるハボックに、なにが起きたのか判らずにいたロイだったが、次の瞬間ハボックが思い切り頭をぶつけたのだと気づく。肩車したハボックの分高くなっている事を失念して扉をくぐろうとした結果、ハボックが入口で頭をぶつけてしまったのだった。
「大丈夫かッ?ハボック!!」
「ろーい〜〜〜」
 ロイは慌ててハボックを肩から下ろす。頭を抱えて蹲るハボックの金髪をロイは跪いて一生懸命に撫でた。
「すまん、高くなっているのを忘れてた」
 ごめん、悪かったと繰り返すロイをハボックが涙の滲んだ目で見上げる。濡れた瞳でじっと見つめられれば罪悪感がいや増してロイはウッと言葉に詰まった。
「あー、そのっ、すまん……と、ハボック?」
 それでも謝る以外どうしようもないと言葉を続ければ、ハボックがロイに手にしたものを差し出す。それがさっき取り戻したメモだと気づいて、ロイは目を見開いた。
「ろーい」
 小首を傾げてメモを差し出すハボックをロイは見開いた目でじっと見つめていたが、やがてフッと笑ってメモを受け取る。それから空色の目元を濡らす涙を指先で拭った。
「ありがとう、それからごめん。痛かったろう?」
 ロイに言われてハボックが小さな手で己の頭を撫でる。撫でたその手を伸ばしてきたと思うと、肩によじ登ろうとするハボックにロイは目を丸くした。
「なんだ、まだ乗るのか?意外と懲りないな、お前」
 呆れると同時に安心もしてロイはハボックを肩車する。
「ろーい!」
「よし、今度はぶつけないから安心しろ」
 出発進行と言うように名を呼んで前を指さすハボックに答えて、ロイは立ち上がるとハボックを肩に乗せて家の中を歩いて回った。


2012/01/10


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