| 第四十章 |
| 「今年もあと三日か……」 朝食を食べながら新聞を広げていたロイはそう呟く。今年一年の大きな出来事をピックアップする記事に目を通しながら、ロイは自分にとってこの一年はどうだったのだろうとふと考えた。 軍に退役願いを提出し、その足で不動産屋に飛び込んだ。今までの自分と決別出来るならどこでも構わないと、幽霊が出ると噂のあるこの家を買い取って、そして。 ロイは新聞から目を上げるとダイニングの中を見回す。ロイの様子を伺うように家具の陰から覗いていたハボックの存在に気づいたのはここに越してからすぐだった。なかなか姿を現してくれないハボックのためにクッキーをそっと置いたのは、まだたった半年ほど前のことでしかないのだ。 その時、パタパタと軽い足音が聞こえて漸く起きたらしいハボックがダイニングに入ってくる。金色のふさふさの尻尾を揺らして走ってきたハボックがロイの膝にぱふんと飛び込むようにしがみついてきた。 「ろーい」 ハボックはそう呼んでロイの顔を見上げる。真っ直ぐに見つめてくる澄んだ空色に、ロイは笑みを浮かべた。 「ハボック、大掃除しよう」 そう言えばハボックが不思議そうに首を傾げる。ロイはハボックの小さな体をヒョイと抱き上げ立ち上がった。 「あと三日で新年だからな。家中の埃を落として新しい年を迎えよう」 ロイはそう言ってハボックを連れてダイニングを出る。物入れからバケツと雑巾を取り出し、洗濯場で水を張った。 「まずはやっぱり二階からか」 水を張ったバケツと雑巾を手にロイは二階に上がる。階段を上がったところで左右の部屋を見たロイは、後から階段を上がってきたハボックを見下ろして言った。 「家中は無謀だから使っている部屋だけ綺麗にしよう」 始める前から早々に目標を低く下げて、ロイはバケツを手に寝室へと入る。一人住まいの気楽さでついつい散らかしっぱなしにしていた服や小物をしまうべき場所にしまい、いらない物をゴミ箱に放り込んだ。なんでもかんでもしまい込んでいるクローゼットを開け、捨てないまでも判りやすいようにしまい直す。小さな箱を引っ張りだしたロイは、中身は何だったかと蓋を開けて目を僅かに見開いた。 「ここに入れてたのか」 平たい箱の中は細かく仕切られて、その中に様々な種類の鉱物が入れてあった。 「ろーい?」 箱を持ったままじっと中身を見ているロイの袖をハボックが引く。ロイは引かれるまま身を屈めてハボックに箱の中身を見せてやった。 「錬金術の材料にと集めていたものなんだ。こんなところにしまったのを忘れて───」 そこまで言ってロイはハボックがキラキラと目を輝かせて箱の中を見ていることに気づく。ハボックは顔を上げるとキラキラの目でロイを見た。 「ろーいっ」 「あー……まあ、いいか」 ロイは箱の中から比較的希少価値の低い物を取り出しハボックに渡してやる。そうすれば両手で大事そうに握り締めたハボックは、部屋の片隅のビロード張りのトランクの方へ走っていきトランクと並べて置いてある宝箱の蓋を開けて、そっと中へしまった。ロイはハボックの側に歩み寄り小さな箱の中を覗く。今では色んな物が入っている箱を見て、ロイは言った。 「ハボック、お前も少しその箱の中身整理したらどうだ?そのクッキーなんてもう───」 そう言いかけてロイはハボックがじーっと己を見ていることに気づく。その空色の瞳に浮かぶ非難の色にロイは慌てて両手を顔の前で振った。 「いや、別に捨てろと言ってる訳じゃなくてだな、クッキーなんて湿気てるだろう?新しいのをやるからそれと取り替えたらどうだ?」 ロイの言葉を黙って聞いていたハボックは、口をへの字に結ぶとプイとロイに背を向ける。一つずつしまってあるものを箱の外に取り出し並べていった。 「ハボック」 ハボックの肩越しにロイは床に並べられた物を見下ろす。ロイが最初にあげたクッキーから始まって金平糖やドングリや、それはどれもこれもがロイと一緒にハボックが一つ一つ集めていったものだった。ハボックが二つに割れたクッキーをそっと並べるのを見てロイは目を瞠る。ロイが踏んで割ってしまったそれですら、ハボックは捨てずに大事にとっておいていた。 「すまん、ハボック」 ロイがそう言えばハボックがロイを見上げる。その空色を見下ろしてロイは言った。 「取り替えてしまったら意味がないんだな。すまなかった、酷いことを言った」 ロイの言葉をじっと聞いていたハボックは、ニコッと笑う。立ち上がって手を伸ばしてくるハボックを抱き締めて、ロイは金色の髪に顔を埋めた。 「ろーい」 そう呼んでくる小さな体をひとしきり抱き締め、ロイは体を離す。金の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜ、ロイは言った。 「よし、掃除するぞ。ハボック、手伝ってくれ」 ロイはバケツの水で雑巾を絞ると窓を拭き始める。それを見たハボックがパッと顔を輝かせ、小さな手で雑巾を絞ると床をゴシゴシと拭いた。 「ハボック、もう少ししっかり絞らないと」 絞りきれずに水気の多い雑巾で拭くのを見てロイが言う。ハボックの手から雑巾を取り絞り直すとハボックに返した。 「よし、これで頼む」 ロイの言葉にハボックは頷き床を拭く。寝室、ダイニング、リビング、キッチンと、協力して磨き上げれば一日はあっと言う間に過ぎていった。最後に玄関の扉を拭き終えて、ロイは満足げに頷く。はー、と聞こえたため息に見下ろせば、ハボックが疲れきった様子で座り込んでいた。 「お疲れさま、ハボック」 そう言うとパッと顔を上げて見上げてくる空色にロイは疲れも吹き飛ぶ気がして、ハボックの体を抱き上げる。 「ありがとう、ハボック……来年もよろしくな」 出会って半年、ハボックがくれた優しい時間に心の底からありがとうと囁くロイに。 「ろーい」 ハボックが笑ってキュッと抱きついた。 2011/12/29 |
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