| 第三話 |
| 「ああ、くそっ、このポンコツめ!」 ロイは秀麗な顔に似合わず口汚く罵って古い洗濯機を蹴飛ばす。洗濯の途中で止まってしまった洗濯機は、ロイの荒療治に不満げに唸り声を上げたものの、それ以上うんともすんとも言わなくなってしまった。 「手洗いしろって事か?」 男の一人暮らしだ、正直洗濯物と言っても大した量があるわけではない。だが、積極的に家事が好きと言うわけではないロイとしては、機械がやってくれるものならお願いしたいと言うのが本音だった。 「…………後にしよう」 裏の物置に洗濯用のタライやらが入っていた気がするが、探しにいくのがめんどくさい。 「本でも読んで気分転換してからにしよう」 ロイはそう呟いて敵前逃亡をはかった。 二階の窓辺が定位置と決めた椅子に腰掛けて本を開けば瞬く間に時間が過ぎていく。本に没頭していたロイは風にそよいだカーテンがページを隠したのを機に壁の時計を見上げた。 「しまった、もうこんな時間か」 時計は十二時をまもなく指そうとしており、朝から洗濯液に浸けっぱなしの洗濯物をこれ以上放置し続ける訳にはいかない。渋々本を閉じて階下に降りたロイは、転々と廊下に続く泡の痕に気づいて目を丸くした。 「なんだ?」 泡はランドリースペースから出て廊下を点々と続きキッチンへと向かっている。ロイは小首を捻って泡の痕を辿りキッチンへと足を向ける。薄く開いたキッチンの扉を開こうとしたロイは、中からヒィヒィと泣く声がするのに気づいて目を見開いた。そっと扉の隙間から中の様子を覗く。そうすれば泡塗れの黒い小さな塊が床にその身を擦りつけるようにして泣いているのだった。 「お前……」 ロイはそう呟いてキッチンに入る。震える塊にゆっくりと近づくとそっと両手で包んだ。 「石鹸にかぶれたか?」 どうやら痒くて泣いているらしいことに気づいてロイはそう尋ねる。ロイの問いに答えずただヒィヒィと鳴くそれを、ロイはそっと抱えると風呂場に連れていった。 「泣くな、今洗ってやるから」 ロイはそう言って黒い塊を洗面器の中に入れる。シャワーを取りぬるい湯を出すと塊にかけてやった。湯がかかってビクンと飛び跳ねるそれを、ロイは宥めるように撫でてやりながら丁寧に泡を落とす。綺麗に洗って石鹸分を全て流すと痒みが少し収まったのか、ヒィヒィと泣く声は聞こえなくなった。 ロイは濡れて少しだけ重さの増したそれをタオルに包み浴室を出る。リビングのソファーに腰掛けタオルで丁寧に水気を拭き取れば、それはふわふわの毛糸玉のように見えた。 「この間からチョロチョロしてたのはお前か?」 ロイは言いながらそれの背なのか腹なのか頭なのか判らないままに撫でる。存外に柔らかいその感触にロイは目を細めた。 「昔買っていた犬みたいだ」 懐かしそうにそう呟けば、膝の上の毛糸玉が尋ねるように震える。ロイはそれをソファーに下ろすとリビングのローボードの上に置かれた写真立ての一つを手に取った。 「こいつだ。ハボックと言ってな、昔飼ってたんだ」 ロイは懐かしそうに言いながら幼い自分と光の加減で金色の毛並みに見えるレトリバーが一緒に写った写真を見せた。 「大好きだった。可愛がってたんだ」 ロイの声音に今はもういない犬への愛情が滲む。すると、それを聞いた毛糸玉がふるふると大きく震えだしたと思うと、その輪郭がぼやけだした。 「おい、大丈夫かっ?」 驚いてロイは手を伸ばしかけたが触れていいものか判らない。どうすべきかと悩むロイの前で、ふるふると震えていたそれが突然パアッと明るい光に包まれた。 「うわっ」 あまりの眩しさにロイは腕を上げて顔を覆う。徐々に光が収まっていくのを感じて、腕を下ろして目を開けたロイは目の前に立つものに目を丸くした。 「お前……」 ロイの前に立っていたのは金色の犬耳とふさふさの尻尾を生やした小さな男の子だった。その子はロイの膝によじ登るとロイの手から写真立てを取る。そこに収まったロイと犬の写真を示した子供は、まるで褒めて貰うのを待つように期待にきらきらと輝かせた空色の瞳でロイを見つめた。 「もしかしてこの写真を……犬を真似ようと思ったのか?」 ロイの声にこもる犬への愛情を感じ取ってその姿を真似ようとしたらしい。だが、ロイと犬と、両方写った写真ではどちらを真似たらいいのか判らなかったようで、目の前の姿は子供の姿に犬の耳と尻尾をつけるという、何ともおかしなことになっていた。 「お前……っ」 暫くの間子供の姿をじっと見つめていたロイは、次の瞬間クスクスと笑い出す。泡を洗い流してやったお礼なのだろうが、可愛らしい姿にロイは胸がほわりと暖かくなるのを止めることができなかった。 「よし、お前のことは今日からハボックと呼ぼう」 ロイは楽しそうに言うとキョトンと目を丸くする子供の金色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。 2011/06/11 |
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