| 第二十九章 |
| 「済んだのか?」 「ああ」 ハボックを抱いてリビングに入ったロイはヒューズに尋ねる。汚れたおむつをくるくると巻いてビニール袋に入れたヒューズが伺うようにロイを見れば、ロイは肩を竦めて言った。 「ゴミ箱に捨てておいてくれ」 「サンキュ、ロイ」 嫌だと言われたら持ち帰るつもりだったが、捨てて構わないと言ってくれるなら喜んでそうさせて貰う。ヒューズは二重に袋に入れたおむつをゴミ箱の奥にギュッと突っ込み手を洗った。 「ハボックちゃん、さっきは助かったよ、ありがとうっ」 手を拭きながらヒューズが言えばロイに抱かれたハボックがにっこりと笑う。だが、次の瞬間、声にならない悲鳴を上げてハボックはロイにしがみついた。 「ハボック?」 「え?……あっ、エリシアちゃん!」 見下ろせばエリシアがハボックの尻尾をギュッと掴んで引っ張っている。ヒューズは娘の側にしゃがむとハボックの尻尾を掴む手を握った。 「エリシアっ、ハボックちゃんの尻尾、引っ張っちゃダメ!」 「わんわん!わんわんだもん!」 「エリシア!!」 目を輝かせてハボックの金色の尻尾を掴んで離さないエリシアをヒューズは何とかハボックから引き離す。そうすればワッと泣き出すエリシアを抱き上げて揺すりながらヒューズが言った。 「ごめんね!ハボックちゃん!エリシア、犬が大好きなんだよ」 「ハボックは犬じゃないぞっ」 涙目になってしがみついてくるハボックを抱き締めてロイが目を吊り上げる。誰にともなく「ごめん、ごめん」と言いながらヒューズはエリシアを揺すっていたが、エリシアは「わんわん!」と言って泣きやまなかった。 「おい、ヒューズ」 「すまん、ロイ」 男二人、どうやって子供の気を紛らわせるか顔を見合わせればハボックがロイの腕から抜け出して飛び降りる。エッエッと泣きじゃくるエリシアを下から見上げて、その足先をそっと撫でた。 「わんわん」 それに気づいたエリシアが手を伸ばすのに任せてヒューズは娘を下ろしてやる。ハボックが宥めるように尻尾を振ればエリシアはニコーッと笑ってハボックの尻尾に触った。揺れるハボックの尻尾を、今度は掴んだりせずに優しく撫でる。エリシアはヒューズを見上げて嬉しそうに笑った。 「パパぁ、わんわんの尻尾、柔らかいの!」 「そっかぁ。柔らかいならギュッって掴んだら可哀想だろう?優しく撫でてあげような」 「うん!」 ヒューズが二人の側にしゃがんで言えば、エリシアが元気よく頷く。優しくそっと金色の尻尾をエリシアが撫でているとピンポンと玄関のチャイムが鳴った。玄関に出るロイにハボックがくっついていけばエリシアもついてくる。ガチャリと扉を開けると近所の子供が元気な声を張り上げた。 「トリックオアトリート!」 「あっ、魔女とわんこだ!」 「違うだろっ、魔女とメイドだよ」 「すげぇ、この尻尾、本物みたい!」 ロイがお菓子をあげても子供たちはハボックとエリシアを「かわいい、かわいい」と言って取り囲んで離れない。それでもロイが「いい加減他に貰いに行かないとお菓子がなくなるぞ」と言うと、ちょっぴり名残惜しそうに次の家へと走っていった。そのあとも子供たちが入れ替わり立ち替わりやってくる。お化けや狼男や魔女やドラキュラに化けた子供たちが来る度お菓子を手に帰っていくのを、ハボックが目をまん丸にして見つめているのに気づいて、ロイが言った。 「お前もやってみるか?ハボック」 そう言いながらお菓子を見せればハボックがパッと顔を輝かせる。ロイはハボックを玄関の外に立たせて言った。 「トリックオアトリート……は無理か。なにも言わなくていいから扉を叩いてごらん、ハボック」 そう言い聞かせてロイは一度扉を閉める。そうすれば少しして小さくノックする音がして、ロイは扉を開けた。 「ろーい」 玄関のポーチに立ったハボックが、目を輝かせて言う。にっこりと笑ったロイがお菓子を渡そうとした時。 「ちがう!トリックオートリトー!」 エリシアがお菓子を持ったロイの手を掴んで言う。びっくりして目を丸くするハボックにエリシアは繰り返した。 「トリックオートリトー!!」 「エリシア」 「エリシアちゃん」 ハロウィンの決まり文句を繰り返すエリシアの頭をポンポンと叩いてロイは首を振る。ヒューズがエリシアを引き寄せて言った。 「ハボックちゃんはあれでいいんだ」 「どうして?」 「んー、ハボックちゃんの“ろーい”には色んな意味があるから」 笑みを浮かべる父親の説明を理解出来ずにエリシアは首を傾げる。それでもハボックを見ると父親の手を離し、隣に立って言った。 「じゃあ、エリシアも一緒に言ってあげる」 エリシアはそう言ってハボックと手を繋ぐ。もう一度扉を閉めて、ハボックを促して一緒に扉を叩いた。それに答えてロイが扉を開けるとハボックがロイを見上げる。エリシアが繋いだ手をギュッと握ればハボックが躊躇いがちに言った。 「……ろーい」 「トリックオートリートってことよ」 真剣な顔でそう説明するエリシアにロイは笑って頷く。 「判ってるよ」 そう言ってロイがハボックにお菓子の包みを差し出せば、ハボックが満面の笑みを浮かべて受け取った包みを抱き締めた。 「よかったね、ハボちゃん」 ぴょんぴょんと飛び跳ねて言うエリシアにハボックもぴょんぴょんと飛び跳ねる。嬉しそうに笑いながら飛び跳ねる小さな二人に、ロイとヒューズが顔を見合わせて笑った。そうして。 「やだあ、ハボちゃんも一緒に帰るの!!」 そろそろ帰ろうとヒューズに言われたエリシアはハボックをギュッと抱き締めて主張する。泣きながら「一緒」と言い張る娘にヒューズが言った。 「そんな我儘言ったらハボックちゃんが困ってるだろう?」 「でも、一緒がいいの」 繰り返す娘にヒューズがため息をついて何か言おうとした時、ハボックが涙に濡れたエリシアの丸い頬にチュッとキスをした。 「ほら、エリシア。ハボックがまたおいでってさ」 ロイがそう言えばエリシアがハボックをじっと見る。 「ほんと?また遊んでくれる?」 そう尋ねるエリシアにハボックがニコッと笑えばエリシアは手の甲で涙を拭って父親の手を取った。 「……ハボックちゃんでなけりゃブン殴ってるところだ」 「おかげで泣きやんだろ?」 エリシアがハボックの尻尾を撫でるのを複雑な表情を浮かべて見下ろすヒューズに、ロイがニヤニヤと笑って言う。 「まあ、確かに助かったけどな。ありがとう、ハボックちゃん」 ヒューズはそう言ってハボックの頭を撫でる。そうして二人が帰ったあと、ビロードのトランクの中には新しくパンプキンと魔女のクッキーがコレクションに加わっていたのだった。 2011/10/28 |
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