第二十三章


「ろーい」
 窓辺の定位置に座って本を読むロイの袖をハボックが引く。本のページをめくったロイはハボックの金色の頭をぽんぽんと叩いた。
「すまんが、ハボック。後にしてくれ。今大事なところを読んでいるんだ」
 ロイは本から目を上げずにそう言う。だが、ハボックはロイの膝に手をおき体重をかけるようにして彼の膝を揺すった。
「ろーいー」
 小さな軽い体でハボックは精一杯ロイの膝を揺する。そうすればロイがため息をついてハボックを見た。
「ハボック」
 ロイが本から目を離して自分を見てくれた事で、ハボックはパッと顔を輝かせる。だが、ロイの反応はハボックが期待していたものとは全く違っていた。
「ハボック、私は今本を読んでいるんだ。相手なら後でしてやるから邪魔をするんじゃない」
 ロイはそう言うとハボックの手を外させ再び本を読み始める。てっきり構ってくれると思いきや、冷たいロイの態度にハボックは思い切り頬を膨らませた。空色の瞳でロイを恨めしげに睨んだハボックは、プイと顔を背けると部屋から出ていってしまった。
 時折吹き抜ける風に黒髪を揺らして、ロイは本を読み続ける。三十分も過ぎた頃だろうか、ロイは一つ息を吐いて本から顔を上げた。テーブルの上に置いておいた手帳を手に取り幾つか気づいたポイントを記しておく。よし、とパタンを手帳を閉じて、ロイは部屋の中を見回した。
「待たせたな、ハボック。で、なんの用……ハボック?」
 近くにいるとばかり思っていたハボックの姿がないことに今頃気づいて、ロイは辺りをきょろきょろと見回す。どうやら部屋の中にはいないらしいと判って、ロイは手帳を置いて立ち上がった。
「ハボック」
 ロイは呼びながら階段を下り小さな姿を探す。家の中には見つけられず、ロイは庭へと出た。木の陰や草の茂みを覗いて歩いてもハボックの姿はなかった。
「……ったく、ハボックの奴、どこに───うわっ?!」
 別に構ってやらないと言ったわけでもないのにとロイが眉を顰めた時、上からなにやらバラバラと降ってくる。頭に当たればチクリと痛いそれが毬栗(いがぐり)と気づいて、ロイは頭を庇いながら上を見上げた。
「ハボック!」
 見上げた木の枝にぶら下がるハボックを見つけて、ロイは「やめなさい」と声を上げる。その声にハボックは毬栗を揺すり落とすのはやめたが、木の枝に腰掛けてつーんと顔を背けた。
「ハボック、降りてきなさい」
 ロイは言って手を伸ばす。だが、ハボックは降りるどころかポンと小さな毛糸玉に姿を変えてしまう。毬栗の間に黒い毛糸玉があるのは、まるで色違いの実がなっているようでロイは思わずクスリと笑った。
「毬栗みたいだぞ、ハボック」
 そう言えばハボックが枝の上でポーンと跳ねる。だが、小さな毛糸玉の姿では毬栗を落とすほどの揺れは起こせず、ハボックは毬栗の代わりに自分でぶつかってきた。
「おっと」
 だが、柔らかい毛糸玉ではイガイガの栗とは違って痛くもなんともない。ロイはハボックを簡単に受け止めると両手で包み込むようにハボックを持った。
「残念、痛くないぞ」
 そう言われてハボックがパッと金髪の子供の姿に戻る。ムゥと頬を膨らませて睨むハボックに、ロイは苦笑して言った。
「怒るな、ハボック。キリが悪かったんだよ」
 言って腕の中の子供の背をロイは優しく叩く。そうすればハボックは膨らませていた頬を戻してロイを見た。
「ろーい」
「うん?」
「ろーい」
「なんだ?ハボック」
 呼べば優しく笑う黒曜石にハボックは嬉しそうに笑うと、キュッとロイの首にしがみついたのだった。


2011/09/18


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