第二十一章


「暑いぞ……もう九月じゃないのか?」
 ロイは読んでいた本を乱暴に閉じて唸る。九月に入ってもう一週間ほどが過ぎたが、イーストシティでは相変わらず暑い日が続いていた。
「台風が暑さを持っていってくれると思ったのに……」
 先日、大きな台風が行き過ぎた。台風一過でカラリと晴れて爽やかな秋風が吹くかと期待していたのに、晴れは晴れでも湿度の高い蒸し暑い晴れは、暑さに弱いロイにこの夏最後の強烈な一発をかました感じだった。
「ああ、暑い……また水撒きでもするか?」
 ロイはそう呟いて部屋の中を見回す。だが、ロイに答えてくれる筈の小さな姿は部屋の中になかった。
「どこに行ったんだ?いないならお前の場所を借りるからな」
 ロイはちょっぴり拗ねたように言うと、ハボックがいつも寝そべっている場所に体を伸ばす。板張りの床はひんやりと冷たく風がそよそよと通り抜けて、ハボックがお気に入りの場所だけの事はあった。だが、十分も寝そべっていると床に体温が移って生ぬるくなってくる。暫くはゴロゴロと寝返りをうってうだうだしていたロイだったが、ため息をつくと立ち上がった。
「暑いじゃないか」
 ムゥと眉を寄せてロイは言って部屋を出る。ハボックの姿を探してキッチンを覗き、書斎を覗いてロイは中庭に出た。
「外も中も変わらんな」
 熱風をかき回すだけの扇風機しかない家では、正直家の中も外も気温は変わらない。風があるだけ外の方がましかもと思いながら、ロイは庭を見回しながら歩いた。
「ハボック?」
 ロイはまだ夏の緑が茂る庭を歩いていく。見上げれば晴れた空が高く抜けて、そこだけが秋の気配を漂わせていた。
「空だけ秋でもなぁ」
 地上に夏と取り残されてロイは肩を落としてため息をつく。その時、木の幹の向こうにハボックの金色の尻尾が見えて、ロイは歩く速度を速めた。
「ハボック、こんなところにいたのか」
 ロイは木の幹を回ってハボックに近づく。ロイの声に振り向いたハボックになにをしているのか尋ねようとしたロイは、小さな体の向こうに花が咲いていることに気づいた。
「秋桜か」
 すらりと伸びた茎の先に薄桃色の花が揺れている。ハボックは咲いたばかりのその花の前にしゃがみ込んで、微かな風に揺れる姿を楽しんでいるのだった。
「秋桜が咲くような季節になっていたのか」
 いつまでも夏が続くと思っていたが、どうやら季節は少しずつとはいえ確実に秋へと移り変わっていっているらしい。
「綺麗だな」
 目を細めてロイが言えば見上げてくる空色がにっこりと笑う。秋桜を映す空色に秋の気配を感じながら、ロイは風に揺れる花を見つめていた。


2011/09/05


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