第二十章


 ザザとノイズ混じりの声がラジオから流れる。コーヒーを飲みながらラジオを聴いていたロイは、たった今得た情報に眉を顰めた。
「嵐がくるのか」
 夏も終わりに近づき、嵐がやってくる季節となってきていた。ラジオの気象情報によると、どうやらかなり大きい嵐が来るらしい。窓の外へ目をやればまだ空は明るいものの、幾つもの雲が千切れて次々と過ぎていくのが嵐が近いことを予感させた。
 ロイはコーヒーのカップを置くと立ち上がる。ラジオが載った棚にしがみつくようにしてラジオを聴いていたハボックは、ロイが立ち上がったことに気づいて振り向いた。尋ねるように見つめてくるハボックの金色の頭をポンポンと叩いてロイはリビングを出ていく。そうすればハボックも気象情報を流し続けるラジオから離れてロイの後を追った。
 庭に出たロイは出しっぱなしになっていた水撒き用のホースやバケツを物置に片づける。普段あまり見慣れない事をするロイをハボックが不思議そうに見ればロイが言った。
「嵐が来るんだ、ハボック。大雨が降って強い風が吹く」
 だから片づけないと、とロイは言いながら幾つかある植木鉢を家の中に入れていく。するとハボックも中の一つを小さな手で持ち上げて、うんしょうんしょと運んでくれた。
「ありがとう、ハボック。助かる」
 ロイが言ってハボックの金髪をくしゃくしゃとかき混ぜるとハボックが嬉しそうに笑う。しまっておいた方がよいものを片づけて家の中に戻ったロイは、少し考えて窓に向かった。
「鎧戸を閉めておいた方がいいな」
 ロイはそう言って家中の鎧戸を閉めて回る。まだ昼日中であるにもかかわらず鎧戸が閉まり家の中が薄暗くなるのを見れば、暗いところが好きなハボックは喜んでにこにこしながらロイの後をついて回った。
「嬉しそうだな、お前」
 そんなハボックにロイは苦笑する。鎧戸の閉まった室内を、嬉しそうに動き回るハボックだったが。

 数時間後。
 ビョオオオッッと風が吹き荒れ、ザアザアと雨が叩きつけるように激しく降る音がする。家の中にいてすら風の音も雨の音も大きく鳴り響き、まるで嵐の真ん中にこの家だけが取り残されているように錯覚させた。時折雨が鎧戸に風で叩きつけられ、シャアアアッッという音がする。風の音、雨の音が鳴り響く度、小さなハボックはビクリと震えてロイにしがみついた。
「まったく、さっきまではやけに嬉しそうだったのに」
 からかうようにロイが言ったがハボックはロイにしがみついて離れない。ピシャーン、ガラガラッッと雷の音まで響けば、ハボックはロイの膝の上で飛び上がり、ロイの腕の中に潜り込むように頭を突っ込んだ。
「ハボック」
 ギュッと空色の瞳を瞑り小さく震えるハボックの背をロイは宥めるように撫でる。
「大丈夫だ、ハボック。大丈夫だから」
 ロイが優しくそう言った時。
 フッと家の明かりが消える。突然家が闇に包まれてハボックはびっくりして凍り付いた。
「停電か」
 やれやれとため息をついてロイは立ち上がろうとする。ロイの膝からおろされそうになって、ハボックが「ぴっ」と鳴いてロイの胸にしがみついた。
「ハボック」
 ぶらんと胸にぶら下がるハボックを呆れたように目を見開いて見たロイはクスリと笑う。片手でハボックを抱いて、ロイは棚の抽斗からキャンドルを取り出し火を灯した。
「ほら、ハボック、これで大丈夫だろう?」
 再びソファーに腰を下ろしてロイが言う。闇の中、ゆらゆらと揺らめく焔は暖かく、とても美しかった。
「綺麗だな、ハボック」
 外は相変わらず嵐が吹き荒れていたが、小さな焔が二人の心を凪いでいく。ロイの黒い瞳の中に焔が煌めき、ハボックの金色の髪が焔を弾くのを見て、二人はにっこりと笑い合った。揺らめく小さな焔を前にロイとハボックは、寄り添って嵐が行き過ぎるのを待ったのだった。


2011/08/29


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