第二話


「これはどこに置きます?」
「それは一階の書斎に運んでくれ」
 ロイの言葉に男は本がいっぱいに詰まった段ボール箱を抱えて家の中に入っていく。引っ越し業者の男達はロイの指示に従って荷物を次々と運び込んでいった。荷物といっても殆どが本を詰め込んだ箱だ。さほど時間もかからず男達は荷物を運び込んでロイから手間賃を受け取り帰っていった。
「めんどくさいが片づけんわけにいかんな」
 本はともかく生活に必要なものを広げておかないわけにはいかない。ロイは一つため息をつくとキッチンに入り運び込まれた箱を開けた。必要最低限として持っている鍋や皿を取り出しながらふとテーブルに視線を向けたロイが目を細めた。
 今朝、目覚めてキッチンに降りてきたロイは夕べテーブルに置いておいたクッキーがなくなっていることに気づいた。確かに誰かがこの家にいるのだ。不動産屋の男に言えば「出た」と怯えるかもしれないが、ロイはむしろ楽しんでいた。
「毎日クッキーをおいておいたら懐くかな」
 ロイは楽しそうにそう呟きながら荷物を片づけていった。


 あと少しで一段落というところまできて、ロイはやれやれと伸びをする。窓の外へ目をやれば青く晴れ渡った空が見えて、ロイは気分転換に庭へと出た。
「なんだか好きなものを植えていったといった感じだな」
 様々な種類の木が一本ずつ植えられた庭は、売買の為の最低限の手入れしかされていないこともあって雑然としてまとまりがない。それでも青々と茂った葉はそれだけで涼しげでロイは木々の間をゆっくりと歩いていった。
「スモークツリー」
 不意に目に入った木を見上げてロイはそう呟いた。三メートルほどの樹木にはふわふわとしたピンク色の綿飴のような塊がいくつもついている。ロイはちょうど目の前にある塊を指でつついた。
「ふふ、可愛らしいな」
 ピンクに霞む塊は何となく心をうきうきさせる。青い空にふわりと浮かんでいるように見えるピンクの雲を見上げたロイは、楽しい気分で家へと戻って行った。


「さて、あと広げておいた方がいいものは……」
 家に戻り本以外の残りの荷物を広げたところでロイはそう呟く。二階の寝室に上がり一つだけ残っていた小さなトランクを開けた。トランクの中はビロードのクッションが張り付けてあり衝撃を和らげる構造になっている。ロイはその中から小さな時計を取り出した。文字盤の下に小さな天使の飾りがついたそれをそっとベッドサイドのテーブルに置く。時計の針の動きにあわせて天使たちがくるくると動くのを目を細めて見たロイは、時計の針がとっくに昼を過ぎている事に気づいた。
「そういえば腹が減ったな」
 一人きりの気安さでついつい食事の時間をわすれそうになる。ロイはキッチンに降りると、昨日と同じスープの缶詰を引っ張りだした。
「食い物も買いに行かないと……」
 特にこだわりはないものの、いつまでも貰いもののスープとクッキーを食べるわけにもいかない。それでもとりあえず腹を満たそうと夕べと同じようにして温めたスープを鍋のままテーブルに運んだ。そうすれば。
 ササーッと目の前を小さな影がよぎる。目を細めてロイは影が飛び込んだ棚を見つめて楽しそうに言った。
「クッキーは気に入ったか?」
 そう話しかけたが、棚の後ろから何かが姿を現す気配はない。ロイは構わずスープを口に運びながら続けた。
「出てきて一緒に食べないか?」
 そう言って影が出てくるのを待ったが、やはり何かが出てくる様子はなかった。
(まあ、焦る必要はないか)
 この家には住み始めたばかりなのだ。ロイはスープを平らげると夕べと同じように星形のクッキーを二つ、テーブルに置いてキッチンを出た。


 食事を済ませたロイは買い出しに街へ出る。食料品店に入り、野菜や肉、牛乳といった生鮮食品を買い込んだロイは、クッキー缶が積んであることに気づいた。見本を見ればどうやら色んな動物の形をしたクッキーが詰め合わされているらしい。
(気に入るかな)
 ロイはまだ姿を見せてくれない同居人のことを思い浮かべ、レジで支払いを済ませると家に持って帰った。


 次の日も、その次の日も影はロイの様子を伺うようにサササとロイの視界の隅をすり抜けていく。テーブルに置いたクッキーが両手の数では足りなくなった頃、ちょっとした事件が起きた。


2011/06/06


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