| 第十九章 |
| 「ハボック?」 本を読んでいたロイはハボックの姿が見えないことに気づいて辺りを見回す。暑い日が続く今日この頃、ハボックはロイの側で過ごすことが殆どだったから、その小さな姿が見えなくなれば妙に気になって、ロイは本を置いて立ち上がった。 「どこに行ったんだ?」 最近ではすっかり定位置になっていた部屋の中の風の通り道である床の上にはハボックの姿はない。ぐるりと部屋の中を見回したロイは、窓から身を乗り出すようにして庭を見下ろした。 「いた」 ハボックは丁度部屋の真下辺りに立っていた。仰向けた顔が空を見ているのかと思ったが、どうやらハボックの視線はもう少し下を向いているようだ。なにをしているのだろうとロイが見つめる先で、ハボックは不意に庭木の一本に駆け寄っていく。その勢いのままピョンと手を伸ばしてジャンプすれば、ビビッと悲鳴のような鳴き声を上げて蝉が飛び立っていった。 「ッッ!!」 その途端ハボックが顔を手の甲でこする。どうやら逃げる際にひっかけられたらしいと察して、ロイは必死に顔をこすっているハボックの姿にククッと笑って声をかけた。 「やられたな、ハボック」 そう言えばハボックがきょろきょろと辺りを見回す。 「こっちだ、ハボック!」 声の出所を探すものの見つけられずにいるハボックにロイはニヤリと笑うと一度中に引っ込み、グラスの水を持ってきた。窓の下あたりでまだ辺りを見回しているハボックの頭めがけて水を振りかける。そうすればびっくりして飛び上がるハボックを見て、ロイはゲラゲラと笑った。 「ッッ!!」 流石に今度はロイの居場所を見つけてハボックが見上げてくる。鼻に皺を寄せてムゥとロイを睨んだハボックはポンと毛糸玉に姿を変えた。ポンポンポンと木の幹や壁にボールのように跳ね返りながらあっと言う間に上まで上がってきたと思うと、二階の窓辺に立つロイに飛びかかってくる。 「わわっ」 頭やら顔やら肩やらポンポンと飛び跳ねられて、部屋の中を逃げ回るロイの持つグラスから零れた水がロイの顔を濡らした。 「ハボック!!」 しつこく飛び跳ねるハボックにロイが大声を上げる。そうすれば最後にポンと跳ねたハボックが再び姿を変えてロイの前に立った。ムンと両手を腰に当てて睨んでくるハボックをロイは濡れた顔で情けなく見下ろす。ロイの前髪からポタリと雫が落ちるのを見て、ハボックがニコニコッと笑った。 「満足か?」 やれやれとため息をついて、ロイは脚にしがみついてくるハボックを抱き上げる。コツンと額を軽く打ちつけると楽しそうに笑うハボックを見れば、ロイも笑うしかなかった。 「蝉を捕まえるのはちょっと難しいな」 ロイは言いながらハボックを抱いて階下に降りる。そのまま庭に出ると、さっきハボックが蝉を捕まえようとしていた木の辺りまでやってきた。 「その代わりと言ってはなんだが……」 ロイはハボックを抱いたまま木の周りをしげしげと見て回る。葉陰に蝉の抜け殻を見つけてにっこりとロイは笑った。 「ほら、ハボック。これも結構いいだろう?」 そう言ってハボックに渡した抜け殻は脚も折れずに完璧にその姿を保っている。嬉しそうに陽にすかして抜け殻を見たハボックは、ロイの腕からピョンと飛び降り家の中に駆け込んでいった。 「おい、そのまま宝物と一緒にしたら潰れるぞ」 堅そうに見えるものの所詮は蝉が脱ぎ捨てた皮だ。他のものと一緒くたにすれば壊れてしまうのは目に見えていて、ロイは慌ててハボックの後を追う。急ぎ足で階段を上がり寝室に入ったロイの目に飛び込んできたのは。 大好きな天使達を覆う時計のガラスのドームの上に抜け殻を置いて、棚の縁に掴まるようにしてフンフンと鼻歌を歌うハボックの姿。 「ハボック」 呼べば尻尾をふぁさりと振って、空色の瞳がロイを見上げてくる。ロイは金色の髪をくしゃりとかき混ぜて、天使と蝉の抜け殻を楽しそうに眺めているハボックの鼻歌を聴いていたのだった。 2011/08/19 |
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